新年度の始まりにオススメしたい神社参り そもそも神社って何するところ?
04月08日 10:10 THE PAGE
(前略)
神社はお願いをする場所? いえいえ、それだけではありません
私が奉職する日本橋の福徳神社は、別名を「芽吹稲荷」といいます。その昔、徳川二代将軍秀忠公が春先に当社に詣でた際、クヌギの原木を用いた鳥居から新芽が萌え出ているのをご覧になり、これはめでたいことであると喜ばれて下さった名です。
春の芽吹きという名を冠するため、新しい仕事や生活を始める方々にとっては縁起の良い神社として知られる当社。毎年この季節になると、鳥居の前で頭を下げたり、お賽銭箱の前まで行って手を合わせたりする新顔さんたちを多く見かけるようになります。
中には、数分の間じっと目をつむり、手を合わせ続ける方もいらっしゃいます。お参りをするために、少し早めに家を出ている人もいるかもしれません。
みなさん、どんな思いを胸に抱きながらお参りをされているのでしょうか。「おはようございます。今日も一日宜しくお願い致します」と神様にあいさつされている方もいれば、「今後、この会社でうまくやっていけますように」とか「同僚と仲良くなれますように」とか、願いは人それぞれでしょう。
そもそも、みなさんの中では神社はどんな場所だというイメージがあるのでしょうか。多くの方が神社はお願いごとをする場所だと思っていらっしゃるのではないでしょうか。それは間違いではありませんが、神社というのは、それだけではないのだと私は思っております。
神社は誓いを立て、前進するための「装置」
神社はお願いごとをするだけではなく、「誓いを立てる場所」だと私は思っております。
「自分はこういうことを目指しており、それに向けてこういう努力をしますから、どうか神様、見守っていて下さい」と、自分の夢や目標を立て、それに見合った努力をしますとご神前で誓う。そして、自分がそうやって努力して目標を成し遂げていく様子を、どうか見守って下さいとお願いするのです。そうした真摯な姿勢を、神様はちゃんと見ていらっしゃいます。神社とは、神様の前でそうした誓いを立て、自分を奮い立たせ、前進させるための「装置」といってもいいかもしれません。
新しい仕事や生活を始めるこの季節、ご自身がこれからお世話になる土地の神社に詣でてみて下さい。夢や目標があっても、家族や友達、同僚や上司などには照れてしまって話しづらいかもしれません。でも、ひとり心静かに神社でご神前に立てば、神様にはそっと打ち明けることができるかもしれません。そんな時こそ、神様の前で思い切って誓いを立ててみましょう。そして、それに向かって努力してみましょう。そうすれば、自分が何をすべきかが見えてきて、自ずと道は開けてくるのではないでしょうか。
新年度、新学期に当社をお参り下さる新顔さんたちも、毎日顔を合わせ、あいさつをするうちに「常連さん」になっていきます。誓いを立て、それに見合った努力をし、目標を成し遂げた方々が、あらためてお礼参りに来てくださいます。そうして、また新たな目標を立て、誓いを立て、努力を重ね、前進していくのだと思います。新しい生活を始める方々には是非、神社という「装置」の持つこうした「機能」を存分に活用して頂きたいと思います。
(福徳神社<東京・日本橋>宮司 真木千明<まきちあき>)
■著者プロフィール■
真木千明(まきちあき) 昭和29年、福岡県生まれ。福徳神社(東京・日本橋)宮司。國學院大學卒業後、日枝神社、水天宮(東京)を経て現職。代々、福岡県久留米市鎮座の水天宮の宮司を務める社家の生まれで、幕末の志士・真木和泉守保臣の直系子孫。著書に『ご縁で生きる〜ひとりでがんばらない処方箋』(小学館)がある。