荒川三歩

東京下町を自転車で散策しています。

四谷怪談の総括-1

2016年03月19日 | 散文
(舞台―1/四谷)
「四谷」へ行ってみました。
四谷は坂ばかりです。

それも急坂です。

谷が四つあった事からの地名でしょう。


丘の上に、お寺が集まった一角があります。
住宅街を探すと、赤い幟が見えました。


「於岩稲荷神社」です。

「縁結び」と「芸道上達」の幟もあります。

お参りします。


入った所に案内板があります。

「お岩さまと縁結び 『東海道四谷怪談』でお馴染みのお岩さん。この怖いお岩さんがでてくる四谷怪談はじつは後世の人が創作した物語なのを知っていますか?舞台であるここ、四谷は東海道ではないことからも、後に作られた物語だと言うことがわかります。
江戸時代に実在した女性「お岩」は家庭をとても大事にした貞淑な妻だったとも伝えられています。
悪縁を切り、良縁を結ぶお岩さま。
厄除け、縁結び、芸道上達、また新たに出逢いを望まれるかたもぜひ、本堂からご参拝ください。」

お岩さま縁の井戸です。
以下、次記のお稲荷さんにあったチラシの要約です。
「お岩さんは江戸初期の御家人の娘です。

夫の田宮伊右衛門とは人も羨む仲のいい夫婦でしたが、貧乏だったので、夫婦で商家に奉公に出ていました。
お岩さんが日頃から田宮家の庭にある屋敷社を信仰していたおかげで、夫婦の蓄えも増え、田宮家はかつての家勢を回復しました。」

その井戸から本堂を望みます。
「『お岩さんの信仰のおかげで田宮家が復活した』という話が評判となって、近隣の人々はお岩さんの幸運にあやかろうと、屋敷社を「お岩稲荷」と呼んで信仰するようになりました。

評判が高くなるにつれ、田宮家でも屋敷社のかたわらに小さな祠を造り、「お岩稲荷」と名付けて家中の者も信仰するようになりました。
そればかりでなく、毎日のように参拝要望に来る市井の人々を断り切れず、とうとう参拝も許可する事になりました。」

さて、門の斜め前にも鳥居があって「於岩稲荷田村神社」の幟が出ています。
そして「通称お岩さま稲荷」の碑があります。

ひょっとしたら、こちらが上記の「田宮家屋敷社のかたわらの小さな祠」でしょうか?

「さて江戸中期、歌舞伎作者鶴屋南北はかねてから『お岩稲荷』の事を聞いていて、お岩さんが死んでから200年が経つというのに、江戸で根強い人気がある事に着目しました。

この人気のあるお岩さんの名前を使った歌舞伎を作ろうと台本製作に掛かりました。」

「『お岩』という名前を使って、どぎつい脚色をしました。
江戸で評判になった色々な事件を織り込みます。
密通の為に戸板に釘付けされた男女の死体が神田川に浮かんだ事がある。
主人殺しの罪で処刑された事件もある。
貫通の相手として嵌められた役者がいた。
あれもこれも入れて、四谷左門町の田宮家に怨霊が居た事にし、江戸の人間なら誰でも記憶にある事件を作家の空想力で練り、脚本を作りました。

しかし、四谷が舞台では露骨すぎます。
『お岩』の名前だけ借りて、四谷のお岩稲荷の事実とは無関係な創作である事を示す為に『東海道四谷怪談』としました。」

次回に続きます。
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2 コメント

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なるほどなるほど (chidori)
2016-03-20 23:24:48
お岩さんの話。怖ーいお話でしたが、そんないわれがあるのですね。
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chidoriさん (荒川三歩)
2016-03-22 11:10:25
私も知って驚きました。
彼女は「お岩通り商店会」があるくらい地元で愛されています。
行き当たりばったりの散策は、意外性に富んで楽しいです。
思ってもいない事象に出逢えます。
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