荒川三歩

東京下町を自転車で散策しています。

住吉神社の祭り

2015年07月31日 | 散文
佃島の住吉神社の参道は、隅田川岸から始まります。



振り返るとこんな感じで、隅田川の向こうに聖路加ビルが見えます。



佃島は古い街です。
今でも現役の井戸があります。

住吉神社の参道脇にもこのとおり。

住吉神社の前です。



参道を振り返ります。
すぐ向こうが隅田川です。

門前町のような店舗はありません。
民家の中の参道です。

さて、今日7/31からここ住吉神社の例大祭が始まりますが、私は帰省中ですので、前に撮った写真でその様子を報告します。

6年か9年前の記録ですが・・・。

住吉神社は大阪の住吉大社の分社です。

徳川家康とともにやって来ました。

ここのお神輿は八角形です。
大変珍しい形をしています。

この神輿は海上渡御をすることでも有名ですが、実は、海上渡御を見た事がありません。

この祭りは、佃島と月島で行われます。
例のマンション群の住民も氏子です。

人出が多く出て賑わうのは、月島の商店街(通称もんじゃ通り)です。

担ぎ手と見物人で通りが溢れます。



やっぱり水を掛けます。



たった1基の神輿にこれだけの担ぎ手が集まります。


従って、いつまでも疲れを知らぬ元気な祭りです。
田舎と違って、多くの氏子が居て、盛大な祭りです。

海上渡御は8/2です。
私の代わりに行ってみてください。
次は3年後になります。
富賀岡八幡の祭りで(4年に1回)、お婆さんが「次の祭りを見ることができるかねえ」と言っていた気持ちが分かるようになりました。
・・・夏祭りの時期は、体がだるいですよね。


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佃島/祭りの準備

2015年07月30日 | 散文
普段なにも無い所に鳥居が建ちました。
いよいよ、3年に1回の住吉さまのお祭りが、明日から始まります。

街に活気があります。

大幟を揚げる柱も立ち上がっています。



柱の基礎部分です。

このようにして支えます。

柱の根方には説明板が建てられています。
例によってピンボケですので、読んでみます。

「此の大幟は今より約百九十年前の昔即ち寛政十年六月大祭の時幕府の許しを請けて初めて建てしものにて以来神輿海中渡御ある時ハ必ず此れを建てる事現今に至るも変わる事なし 彼の広重の名所図絵にも画かれて江戸名物の一つとして有名なものなり 佃島住吉講」
(読みづらいです。一部読めないところは意訳しました。)

住吉神社も準備の最終段階です。



普段無いものが、あちらこちらに建てられています。



ここにもあります。



何を入れるものかは分かりません。



休憩所でしょうか?
宴会場でしょうか?

とにかく、準備完了です。

新旧文化の接点のようです。



マンション群を背景に準備が進みます。





聖路加タワーを向こうに望みながら、準備が進みます。



お神輿も今や遅しと待機しています。



佃小橋の袂で、ちょっと手を休めて、準備作業のはかどり具合を確認しています。
満足げな様子です。

で、私は明日から帰省します・・・。
ホントに、残念です。
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好きな建物

2015年07月28日 | 散文
子供の頃から絵画好きだと思っています。
ところが、以前にも谷根千の建築物を巡った記録があったりして、冷静に自己分析してみると、建築物も好であることを自覚するに至りました。

そこで、最近見つけた好きな建物を纏めました。

<西日暮里の酒屋>
西日暮里駅前道路を北東に走っていると、常磐線の高架下道路が見えました。
急に線路の下をくぐりたくなって、ハンドルを右に切りました。
くぐったのは良いが目的がある訳じゃないので西日暮里の街をウロウロしていたら、夏の光に照らされて、「MAEYAMA」の看板が見えました。

看板上のレリーフが気に入ってしまって、暫く佇んでしまいました。
お酒の楽しさが伝わって来きます。

<北千住の旧銀行?>
荒川河川敷道路を上流に向かっていました。
向かい風が強くて走り辛いので荒川土手を上がりましたが、知らない街です。
ウロウロと走っていたら北千住の駅に着きました。
駅正面の道路を西に走ってすぐ、この建物を見つけました。
向かいのバス停脇で写真を撮っていると、バスを待っていたお婆さんが、何が珍しいのか分からん顔で、私とこの建物を見比べていました。

つくづく、値観は各々異なるものであることを実感しました。
彼女は家に帰ったら「今日は変わった人を見たのよ」と言うのだろうなあ。

<日本橋の教会>
冬の夕方に自転車は辛い。
一人で居る事の侘しさも感じてしまいます。
寒いし、日が暮れて来るし・・・。
早く帰ろうとペダルを一所懸命漕いでいたら、道路の反対側にこの教会がありました。

冷たい大気の中で凛として立っている姿に自転車を止めてしまいました。

<両国橋東の会社>
日本橋方面から両国橋を渡って、橋の終点近くになるとこのビルが見えてきます。
橋を越えたら下り坂を利用してスピードを上げ、ハンドルを右に切って春日野部屋を初めとする相撲部屋に変化は無いか確認しながら、我が家への道を走るのがいつもの手順です。

今日は思い切ってママチャリを止めました。
会社の事務所です。
好い立ち姿だと思います。

<日本橋の居酒屋>
ママチャリで走るのが好きですが、基本的に方向音痴です。
この建物を日本橋の裏路地で見つけました。
大きな黒の面積にちょいと配した赤と黄色が好い!
植木の緑も効いている!

もう一度見たいと思っているのですが、何処で見たのか分かりません。
日本橋は広いです。
もう2度と出逢えないように思います。

<隅田川沿いの雑貨屋>
佐賀町海岸通りを走っていたら、この建物が控えめに自己主張していました。
トタンの古び具合と、それにマッチさせた看板と壁板のカラーリングがセンス好い!

この色使い、賛同!

<松栄亭>
神田須田町といえば、神田藪蕎麦やまつや、いせ源やぼたんや竹むら等々、日本家屋の好い店舗が多くありますが、そんな中にあってこの洋食屋さんがちょっとカッコイイ!

古い和風の店が多い須田町で存在感があります。
マルです。

<池之端の保存建物>
昭和初期の建築らしい。
ちょっとお堅い感じもしますが、大正ロマンを感じます。

ただ単に保存するのでなく、使い勝手は悪そうだけど、いつまでも使い続けて欲しい建物です。

<池之端の民家>
この家が気になってしようがありません。
池之端へ行く度に「お変わりございませんか?」と訪ねてしてしまう家です。

最近ペンキの塗り直しをして益々魅力的になりました。

<駒込のビル>
パッチワーク的彩色がナイスです。
色合いもグッド。

隣りのビルも合わせてマルです。

<千駄木のレストラン>
閑静な住宅街に、真黄色が異彩を放っています。
茶と紺と白をあしらった配色が高得点です。

写真を撮っていたら、郵便配達員が「ここはクローズしましたよ」と教えてくれました。
・・・時々見に来ると思います。

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旧中川の橋をくぐって

2015年07月27日 | 散文
中川大橋の袂に我がカヌークラブの艇庫があります。



北上するとすぐに、東大島駅の下に入ります。

この駅は、全国でも珍しい、川の上にある駅です。

東大島駅の下をくぐると、船堀橋が見えます。

その向こうの、さくら橋ともみじ橋をくぐって北上して行きます。

左右のマンションを見ながら進むと、虹の大橋と、その上に高速道路小松川線が見えます。



高速道路の向こう側は、逆井橋です。
江戸時代には、ここに逆井の渡しがありました。

左が江東区、右が江戸川区です。

亀小橋に向かいます。



亀小橋をくぐります。



暫く漕いで行くと、ふれあい橋とスカイツリーが見えてきます。



ふれあい橋の下からスカイツリーを望ます。



スカイツリーを見ながら休憩します。



JR総武本線の鉄橋の下です。
向こうに、江東新橋とスカイツリーが見えています。

橋の下は涼しいです。

江東新橋に着きました。



左に見える北十間川との合流地点です。
艇庫からここまで、2kmぐらいでしょうか。
ここから、「さあ、今日はどちらへ行こう」というのが、大体のパターンです。

で、今日は?
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隅田川花火大会/2015 穴場を探して

2015年07月26日 | 散文
花火大会が近づきました。
心ワクワク、日に日に期待感が高まります。

世間もそのようです。
7月7日、朝顔市の日の両国橋です。

花火大会迄約20日ありますが、欄干にバリケートを巡らして、準備完了です。

7月10日ほうずき市の日の白髭橋もこのとおり準備完了です。

この日、花火大会の中心地にある言問橋は、まだバリケードがありませんでした。

そして、7月20日の言問橋。

準備完了です。

さて、花火大会当日です。
7時5分打ち上げ開始なのに、6時半頃隅田川河畔に行ったら、もうこの状態です(当たり前か)。

観る場所は決めていません。
毎年満足した事が無いので、毎年場所が変わります。
有料席の抽選には当たらないです。
ネットで、穴場情報などをチェックして出掛けますが、紹介された時点でもう穴場ではありません。
今回は、隅田川東岸を目指しました。

隅田堤に座れる場所などありません。
ウロウロするうちに、始まりました。
夕焼け空に花火です。



隅田堤は立ち止まり禁止なので、花火を鑑賞する余裕などありません。
TVカメラです。

TV東京は毎年、この花火大会を中継しています。

屋形船が沢山出ています。

いいなあ!と思いますが、1年前からの予約になります。
当日が雨の場合もありますし、去年は大雨で途中で中止になりましたし・・・。

やっぱり堤上は良く見えます。
桜橋がライトアップされて、上空には月が架かって、花火が上がって・・・。

道路の半分は、ブルーシートに占拠されています。
その残り半分の道を、警備員の「立ち止まらないでください!」の声にせかされて、時々振り返りながら、只々歩くだけです。

しょせんガラケーなので綺麗な写真は撮れませんが、時々振り返って撮りました。



隅田堤から退出です。
結局、墨堤通り脇のこんな所に座りました。

実は、ここが今回調査した「穴場」だったのです。

銅像堀公園のネット越しですが、良く見えました。
打ち上げが始まって1時間近く経ってから(その間、ずっと隅田川堤を歩いていました)の場所にしては、上出来です。

お弁当を食べながら、ビールを飲みながら・・・。

ガラケーの写真ですが・・・。

シャッター速度が遅いし、画像が悪いし・・・。

ふと脇を見ると、スカイリーが刻々と色を変えていました。
花火大会仕様でしょう。











花火が良く見えて、スカイツリーのライトアップも鑑賞できて、なかなかの穴場だったと思います。
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佃島のマンション群

2015年07月25日 | 散文
ここ数日、暑くて外出していません。
太平記を読まなければならないし(順調です。第3巻、笠置山で後醍醐天皇が捉えられ、楠木正成の赤坂城が陥落、宮方もこれまでか・・・)。

もう直ぐ佃島の住吉大社のお祭りですが、私はその頃帰省していますので、見る事ができません。只々残念です。

そんな中、今まで撮り溜まった写真を観ています。
お馴染みの佃小橋から見たマンション群ですが、外から見たマンション群を中心に紹介します。



ママチャリ散策の行き帰り、永代橋から見た風景です。

季節、時間、潮の干満、船の往来等で色々な姿を見せてくれます。

満潮で一杯いっぱいに見えます。



隅田川は東京水上交通のメインストリートでもあります。



多くの船が行き交います。

水上バスも走っています。

提灯に灯りが入った屋形船です。

おそらく、スカイツリーの下へ行くと思います。

夜景も好いです。
以前、この景色が、不動産会社のコマーシャルに使われていました。

この様に、永代橋は好いポジションです。

相生橋から見た佃島です。





鍛冶橋通り/高橋から南高橋越えに見た佃島です。

正面が例のマンション群です。

そして、佃島内から見たマンション群です。

次回の機会があれば、佃島内の散策報告をします。
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初めて図書館へ行く

2015年07月24日 | 散文
自宅の近くに区立図書館があります。
今の場所に住んで10年目になりますが、自宅から徒歩10分弱の所にあるにも関わらず、図書館へ行った事がありません。
前に住んでいた所も図書館が徒歩2分の場所にあって何度か訪れた事はありますが、貸出しを受けた事がありませんでした。

本を読むのは好きで、普段はリサイクルの文庫本を買っています。
図書館を利用しない最大の理由は、返却の期限に縛られたくない事、及び読書中に前巻のストーリーや登場人物の設定を確認したり、読後暫くして、ふとあの部分を再読したいと思う場合等が多々あり、手元に本を置いておきたいのです。

前回の帰省時に、ふるさとが太平記の舞台であった史実を知り、太平記を勉強したいと思いました。

リサイクルの文庫本を探しましたが、ありません。
取り寄せになるとの店員さんの声を断ったものの、読みたい思いは募ります。
アプリで読もうとしましたが、目が疲れます。
第一、ページをめくらないと本を読む実感が乏しいのです。
そんな経緯で、図書館を利用する事にしました。

貸出カードを作りました。
東京に住んで、初めての貸出カードの作成です。
区のシンボルマークと浮世絵のデザインがありました。
当然、浮世絵を選びます。

歌川広重の小奈木川(現:小名木川)五本松の絵です。
よくカヌーを漕いでいる場所なので、親近感もあります。

やるなら、徹底してやるよ!
と言うのが私の性格です。
吉川栄治/私本太平記全8巻中、3巻を借り出しました。
返却期間は2週間後です。

暫くは、家族にも一人にして貰っています。

第一巻から、ふるさと今治に眠る脇屋義助の登場です。
彼は、新田義貞の弟です。
隣国の足利尊氏の法度違反に対し、鎌倉幕府に告訴して処断することを、当主義貞に迫ります。
知りませんでした。足利尊氏と新田義貞は領地が隣で、源氏の一族同士でありながら、両家は仲良くなかったのですね。
源氏はそういう、一族で相争うところがあったようです。
平氏は一族の仲が良く結束が強かったのに、滅びました。
面白いものです。

文中に、今度帰省した時の、退屈しのぎのネタがあれば尚更面白いのですが・・・。
楽しみです。


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身に覚えのない届きものがあって、

2015年07月23日 | 散文
昨日の夕方、宅配便がありました。
時節柄お中元かと思って送り主を見ると、中央競馬会(JRA)とあります。
身に覚えがありませんが、届け先は間違いなく私です。
一瞬、随分馬券で貢献したお礼かと思いましたが、そんな事をする訳がありません。
とりあえず、開けてみます。

薄緑色の風呂敷に包まれた、桐の箱が出てきました。
余り重くはありません。

「ご当選おめでとうございます!」の送付案内と、古い新聞のコピーが入っています。
桐の中には瓶が入っています。
案内状には「PLY BACK Derbyキャンペーン」とあります。
この状況から、何かに応募して賞品が当たったようですが、身に覚えがありません。
古い新聞はシンボリルドルフが勝ったダービーの記事の写しですし、瓶のラベルのゴール前写真の下には確かに「Symboli Rudolf」との文字があります。
瓶の中身は、精米歩合65%の純米酒です。
「純金箔入り」とも書いています。
新潟の造り酒屋の名があります。

一体なんだろう?と、JRAのホームページを開いてみましたが、分かりません。
「PLY BACK Derbyキャンペーン」で検索してみましたが、分かりません。

一夜明けた今日、ひょっとしたらと思って、「ヤフーオークション」にアクセスしてみました。
ありました。
「ウイニングチケット」のクオカード及び「キズナ」と「ウイニングチケット」の日本酒が売られていました。
「ウイニングチケット」って人気無いのね。すぐ売られてしまって。
俺なんか無敗の三冠馬でジャパンカップや有馬記念等々7冠の「シンボリルドルフ」だぞ!と自慢に思いましたが、こうやって、右から左に現金化するのも何だかなあ、と思っている次第です。

で、未だに、応募した記憶がありません。いよいよ脳が危ないか?
まあいいや、貰っておこう。
と思っていますが、さて、この賞品、どうしよう?
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ちょっとだけ荒川に出る

2015年07月22日 | 散文
荒川河川敷を走る時に、荒川ロックゲート脇を通ります。

荒川の向こうに高速道路が走っており、爽快な気分になる場所です。

ゲートは迫力のある建造物です。

この話しの後日、出入り口で黄色い船が作業をしていました。

ゲート内の様子です。
向こう側が荒川です。

ここは扇橋閘門と違って、ロックゲートの周りが遊歩道になっていて、内部がよく見えます。

何度かカヌーでもゲートの前まで来ていますが、ゲート内に入った事はありません。
扇橋閘門は小名木川の途中にありゲートの向こうも波は穏やかですが、ここのゲートの向こうはすぐ荒川です。

波が高く初心者にはムリと言う事で、いつもゲートの前まででした。

そんな中、今日は荒川に出ます。
初めての挑戦です。
荒川ロックゲートに入ります。

構造は扇橋閘門と一緒ですが、ここの方が水位差が高いです。
隅田川と小名木川の差が2m程度、荒川と小名木川は2.4m程度の差があります。


ゲート前道路などの見物人から声が掛かります。

鷹揚に構えています。
水を楽しむ風流人の気分です。

ゲートが開いて、高速道路が見えました。

意気揚々と出発です。

うわっ、波が高い!

ムリ!!

早々に、ゲート脇に避難します。
岸壁に当たる波の折り返しを受けて大きく艇が揺れます。
安定を保つのに必死です。
「膝を張って艇を抑えて!」とベテランが声を張り上げます。
中には手を振っている余裕のベテランも居ますが、女性や初心者は不安の表情です。

かろうじて写真を撮りました。

帰ろ、帰ろ、と引き返します。



荒川から見上げるロックゲートは益々迫力があります。



ゲート内の水位が下がって、旧中川が見えました。
何だか安心しました。

心なしか、ゲートを操作する係員の声がキツかったです。

後日、荒川土手から確認すると、中央やや左の黄色い船の所から、右の岸壁へ移動しただけでした。

荒川に居たのは5分くらいだと思います。
我ながら、メンドクサイ奴だと思いました。
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好きな商店街―2

2015年07月21日 | 散文
子供の頃から商店街が好きです。
おそらく、そこに非日常があり、田舎の少年にとって商店街へ行くのはハレの日だった記憶からでしょう。
では、前回同様、人通りの少ない商店街を紹介していきます。


「尾久銀座」
荒川から日暮里に向かう途中に迷い込みました。



「おぐとぴあ23」
当たり前ですが、尾久にあります。
他に紹介のしようがありません。

ただ、「23」の意味が分かりません。
23店舗あるのでしょうか?

「川の手もとまち商店街」
舎人ライナーを挟んで「おぐとぴあ」の反対側にあります。




「小台銀座」
明治通りを走っていて迷い込みました。



「小台大通商店街アップルロード」
上記の小台銀座から明治通りに帰ろうと迷走している時に、更に迷い込みました。



「田端新町中通り商店街」
上記に続いて、やっと明治通りに出た所にありました。



「旭街道」
西日暮里にあります。



「冠新道商興会」
難しい名前です。
何か謂れがあるのでしょうか?

上記と同じ西日暮里にあります。

「東田端1丁目商店会」
分かりやすいネーミングです。
名前のとおり東田端にあります。



「元八幡通り商店街」
元々は富岡八幡宮がこの地にあった事が名前の由来とか。

南砂にあります。

「仙気いなり通り会」
上記の元八幡通り商店街の東陽町側延長道路にあります。

近くに直木賞作家の山本一力先生が住んでいて、蕎麦屋で逢った事があります。


「稲荷通り商店街」
北砂にあります。

近くにいつも賑わっている「砂町銀座」がありますが・・・。

「中央銀座」
大島に、表通りを一本入ると寂しい銀座通りがありました。



「末広通り商店街」
どこにでもありそうな名前ですが、東砂にあります。


今日紹介した商店街も、殆ど人通りがありません。
ちょっと心配になります。
第3者が「頑張れ」と言うのは簡単ですが、商店街の人たちも生活しなければなりません。
昔を懐かしむ、古いものを惜しむのはいいですが、消費者も考えなければなりません。

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芭蕉庵へ行く

2015年07月20日 | 散文
先日、カヌーで芭蕉像を見上げたのを機に、久し振りに芭蕉公園へ出掛けました。



カヌーでくぐった、小名木川最後の水門を萬年橋の上から見ます。



葛飾北斎が富嶽三十六景に描いた萬年橋の袂に、松尾芭蕉が住んでいました。



萬年橋を北に行って最初の角を左に見ると、芭蕉稲荷神社があります。
芭蕉庵跡に建てたものです。

正面に白く見えるのが、隅田川の堤防です。
ホントに、川の近くに住んでいたのです。

小さな場所一杯に幟が建っています。



小さな鳥居をくぐるとお社があって、隣に「芭蕉庵跡」の石碑があります。

奥では、賑やかに、アパートの取り壊しをしていました。

石碑の反対側には芭蕉生誕350年記念祭記念碑があったりして、狭い境内で足の踏み場もありません。

芭蕉公園へ行きます。

公園はすぐ近くですが、途中「おできの神様」正木稲荷神社があります。
ご覧のとおり、大切にされています。
こちらは正一位ですので、最高の階位を持っています。

芭蕉稲荷には階位がありません。
狭い所にごちゃごちゃとあります。

その脇を通ると、すぐに芭蕉庵史跡庭園の入り口があります。

階段を上ります。

芭蕉像が隅田川を見つめています。
これがカヌーから見上げた像です。

この像は、時間によって向きが変わると言われています。
私はこの方向の像以外は見た事がありませんが、像と石の間に隙間があって、確かに動く構造になっています。

公園から見る清洲橋です。



こちらが新大橋です。

カヌーから見る景色とはまた違います。

今、名古屋場所の真最中です。
実は、ここの近くに相撲部屋が五部屋あります。
ついでに一回りして帰ります。

錣山部屋です。
他の部屋とはちょっと玄関周りのセンスが違います。



大砂嵐が居る大嶽部屋です。



北の湖部屋が工事中でした。
みんなが名古屋へ行っている間に、内装工事でもしているのでしょうか?

親方(協会理事長)は、場所中なのに、入院したそうですね。
大丈夫でしょうか?心配です。

高田川部屋です。

この町内では、一番新しい部屋です。

尾車部屋です。
この部屋はいつもシャターが下りています。
一度だけ、千秋楽の日にシャッターが上がっていました。

みんな、萬年橋東南の町内にあります。
ごちゃっとして、なんとなく、江戸文化の街です。
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ルーズベルト・ゲーム

2015年07月19日 | 散文
夏の全国高校野球大会地区予選が真盛りです。
今日も江戸川球場に居ます。

さて、ルーズベルト・ゲームという言葉があります。
かのアメリカ大統領/ルーズベルトが、一番面白い試合は8点対7点のゲームである、と言ったとか。

日大一高と芝浦工大付属との試合を観ています。
両校打ち合いで1点を追い掛け合う好ゲームです。
8回を終えて、7対7の同点です。

観客の小父さんたちから「ルーズベルト・ゲーム」の言葉が聞こえます。
残す9回の攻防で、1点を取ったチームが勝つだろう、と言う雰囲気です。

9回表、日大一高が1アウト満塁から1点をもぎ取りました。
8対7です。
これで9回を抑えれば、勝利です。

ルーズベルト・ゲームで勝利です。

9回裏、2ベースヒット打たれたピッチャーは、動揺したのか、ボークを犯します。



ノーアウト3塁のピンチです。
内野手がマウンドに集まります。



が、案外簡単に、スクイズを決められて同点です。



今度はサヨナラ負けのピンチです。
次のバッターを踏ん張って、2アウトにしました。
あとひとりです。
そのバッターが、ライトへ大飛球を打ちました。
サヨナラホームランかと歓声と悲鳴が上がります。
しかし、逆風です。
ボールはライトフエンスを直撃しました。
打者は3塁を目指します。
右翼手が、素早いクッションボールの処理と正確な送球で、ランナーを3塁で刺しました。

9回での勝利を逃しましたが、サヨナラ負けを防ぎました。

応援団も大喜び、且つ、ほっとしています。

ここまでのヒット数は、日大一校の13本に対して芝浦工大付属は16本です。
エラーは日大一高が4個、芝浦工大付属が1個です。
数字上は、芝浦工大付属が押しています。

10回の攻防は、両校とも無得点です。

試合は11回に入りました。

観客席の小父さん達が真剣に見ています。

両校の応援団の声が球場に響いています。

11回裏、芝浦工大付属の攻撃です。



日大一高は、ノーアウト1・2塁をバントで送られて、1アウト2・3塁のピンチです。
次は9番バッターで、9回に同点スクイズを決められたバッターです。
ボールカウントは3ボール・ノーストライクです。
ここは満塁策です。1点取られたら負けですし、スクイズの危険があります。
塁が埋まっていた方が守りやすいです。
しかし、指に引っかかったのか、次の投球がストライクになりました。
満塁策の予定が、ピッチャーに欲が出ました。
勝負に来たその球を、芝浦工大付属の9番バッターが、綺麗にセンターへはじき返しました。
3塁ランナーが躍り上がってホームに帰ってきます。

マウンドでは、ピッチャーがうずくまっています。

芝浦工大付属の選手が殊勲者を迎えに飛び出してきました。
日大一高のバッテリーは立ち上がれません。

ピッチャーもキャッチャーも自分のポジションを離れません。
泣きじゃくっています。

ピッチャーが抱きかかえられて列に来ますが、キャッチャーはまだ座ったままです。

ホームベースを守るんだ!時間を戻してくれ!と言っているのでしょうか?
もらい泣きしそうです。

それでも審判に促されて整列し、試合が終了のサイレンが鳴りましました。

観客席から、大きな大きな拍手が両校に送られます。
「よく頑張った!」との声が日大一高に送られます。


挨拶の後、勝ったチームは応援団のもとに走りますが、負けたチームは足取りが重いです。

この後、ベンチ前で、数人が泣き崩れました。
悔いが残ります。あの時、エラーしなければ。チャンスに打っていれば。
みんな等々の想いでしょう。
特に、ボークを犯して目の前の勝利を逃がし、偶々ストライクになったばかりに欲が出て、サヨナラヒットを打たれたピチャーの想いは如何ばかりでしょう?
言葉になりません。

・・・グランドでは、スコアボードに熱戦の跡を残したまま、次の試合の準備が始まります。

・・・やっぱり高校野球が好きです。


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初めて隅田川に出る

2015年07月18日 | 散文
地元のケーブルTVから、我がカヌークラブに撮影協力の要請がありました。
レポーターが「水の都江東区」をアピールすべく、カヌーに乗って隅田川まで行って、道々の水上から見た区の様子とカヌーの魅力を紹介する番組です。

会員に異存はありません。
それどころか、平素の活動日で無いにもかかわらず、且つ天気が悪いにもかかわらず、平素以上の出席者がありました。

レポーターが、モーターボートに乗った撮影スタッフを引き連れて、小名木川を西に漕いで行きます。
我々は後ろをついて行きます。

クロバー橋の下で観光船「がれおん」に出逢いました。

ガレオンは大横川を北上して、スカイツリーに向かいます。

こういうのが撮影の狙いでしょうか。

扇橋閘門で水位調整をしている絵を撮って、再出発です。


萬年橋手前の水門での撮影風景です。
クラブの代表とレポーターを撮っています。

我々は「背景」です。

萬年橋を越えた所で芭蕉庵史跡庭園を見上げます。
芭蕉坐像が見えます。

ここはもう隅田川です。
隅田川は船舶の往来が多く、彼らの起てる波がカヌーを揺すります。


清洲橋を南に観て、



北に新大橋を観て、



もういいよね。揺れるし。
もういいだろう。天気悪いし。
俺たちしょせん背景だし・・・。
集まった時の勢いは何処へやら、メンバーは早々に萬年橋をくぐって帰途につきます。

あっけなく隅田川体験が終わりました。
こんな様子をケーブルTVで放送するらしい・・・。
ちなみに、我が家は受信できません。
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深川の葵の御紋

2015年07月17日 | 散文
台風のニュースを見ながら書いています。
台風の進路の皆さん、気を付けてください。

深川に、詩人度会園女の墓があります。
彼女を知りません。
調べてみました。
「園女は斯波一有の妻で、大坂で夫と医業を営み、俳句を芭蕉に学びました。
芭蕉は大坂の園女宅で病没しました。
夫の死後江戸に移住し、富岡八幡宮前に住み、眼科医をしていました。
富岡へ36本の桜を植え歌仙桜と称し、そこが桜の名所となりました。
享保11年4月20日死去し、ここ雄松院に葬られました。
また、晩年は和歌にも親しみ、伊勢神宮に和歌を奉納しています。」とのこと。

この時代に、女性が夫の死後、単身大阪から江戸に引っ越して来るのは凄いと思います。
辞世の句が墓石に記されています。
「秋の月 春の曙見し空は 夢かうつつか南無阿弥陀佛」

ここが雄松院です。
門扉に葵の御紋があります。

どうしてだろう、と思いました。

近くには霊巌寺があります。

緑深い、大きなお寺です。

ここには、8代将軍吉宗の孫であり、寛政の改革の推進者松平定信の墓があります。

私でも知っている歴史上の有名人です。

かなり広い廟所です。

本人以外の墓もこの中にあります。
夫人らの墓と思います。

霊巌寺の近くに、雲光院があります。
このお寺には阿茶の局のお墓があります。

彼女は徳川家康の側室です。
大阪冬の陣の後、淀君を説得して(騙して?)、大阪城の内堀まで埋めさせた功労者です。

正面にあるのが阿茶の局のお墓です。



立派なお墓です。
立札には従一位と書かれています。
側室でありながら、非常に高い階位です。

さて、家康の墓と遠く離れて、どうしてここに彼女のお墓あるのでしょうか?
古地図をみると、この辺りは松平家の屋敷があったところです。
この地は徳川一門の領地だったようです。その縁でしょうか?
でも、どうして一人なのでしょうか?
前述の雄松院に葵の御紋がありましたが、あそこも徳川一門の墓所なのでしょうか?
もう少し勉強の必要があります・・・。

近くには行き付けの蕎麦屋があります。
根津の蕎麦屋とは真逆の、下町っぽい庶民的な店ですが、大正六年創業の歴史があります。

何を食べても美味しいのですが、私は、深川丼ともりそばが好きです。
素朴な蕎麦が好きです(深川丼セットにも付きます)。
でも、不定期に休みます。気が乗らないと休みます。
従って、近隣の勤め人の評判は良くありません。
私はいつも電話で確認してから行きます。
今日は営業していました。

また近くに、名物オヤジが営んでいるつくだ煮屋があります。
十数年来の雑談友達です。
近隣の観光案内をしてくれ、美味しい店も教えてくれます。
時々TVで紹介されるオヤジですが、この暑い中、今日もカツラを被って頑張っています。

先日「モヤモヤさま~ず」の撮影があったそうです。
放送は今度の日曜日かも知れません。

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東京芸術大学大学美術館

2015年07月16日 | 散文
熱中症になりそうなので、東京芸大に逃げ込みました。

校内は緑が多く涼しそうです。

ここは学食です。
学園祭の時にここで食べた事がありますが、味は良いとは言えません。

今日は既に、いつもの根津で蕎麦を食べています。

キャンパスに東京美術学校(芸大美術部の前身)の創設者、岡倉天心の像があります。

既報の「岡倉天心記念公園(東京美術学校発祥の地)」にある像と全く同じ顔です。
きっと、同じ作者の手によるものでしょう。


キャンパスの木陰に居ても涼しくありません。
看板があります。

ヘレン・シャルフベック展を開催中です。
ホントの事を言うと、この展覧会を観に来ました。
今日は、熱中症対策にもなります。

学食の建物にある美術館に入ります。
正面玄関からではなく、学食脇のドアから入った風景です。

先ずは、狙い通り、涼しいです。

東京芸大美術館は、いつも地味だけど好い展覧会を開催します。
実は、今回のヘレン・シャルフベックを知りません。
でも、芸大が展覧する画家ですので、気になっていました。

結論、好いです!!
会場を2周しました。それでも、帰り難かったです。
特に肖像画が気に入りました。
肖像画はイマイチ苦手の分野です。
そもそも他人の顔を観て何が嬉しいのだろうと思っています。
でも、彼女の肖像画は好きになりました。
・・・お奨めです。

昨日の報告と合わせて、7月15日は、こんな一日でした。
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