荒川三歩

東京下町を自転車で散策しています。

UR住宅団地脇の都電線路跡

2024年08月30日 | 散文

さて、城東高校脇の都電線路跡を南に行ってみます。

路地を跨いで続きます。

藤棚を潜ります。その先はモッコウバラのアーチです。

遊歩道の真ん中に島が在ります。停留場の跡だと思います。

新大橋通りに来ました。線路跡は更にその先に続いています。

その角が工事中です。かつては「ダイエー」でした。集合住宅になるようです。

都電線路跡の緑道公園を行きます。

東京都のマンホールです。通常とはデザインが違います。都電関係だろうか?

線路跡は続きます。

説明板が有ります。緑道公園の清掃は、地元民が行なっているんですね。

停留場跡を行きます。

明治通りに出ました。緑道公園はここで終わりです。

都電は明治通りを左に、各所を巡って日本橋に繋がっていました。

ここはURの大きな団地です。看板の絵は、都電の車輪です。

下町にこんなのが残されています。

さて、お知らせです。

6月の帰省前から体調不良が続いています。頑張って、習慣と惰性と根性で散策を続けてきましたが、先日よりによって通院先で倒れて、諦めの境地に至りました。自転車で倒れたら危険です。しんどいので歩く気にはなりません。

毎日の外出が出来なくなりかつ遠くへ行けなくなって、体調の良い日に近場を散策をして撮り溜めた写真で従来どおり2回/日の投稿を続けてきました。同じような記事が続く、あるいはタイムリー性のずれた記事だとお思いの方も居らっしゃったことと思います。

やがて撮り溜めも乏しくなり、1回/日の投稿を試みたりしましたが、毎日の投稿を継続するのはここいらが限界です。ブログを辞めるつもりは無いので、暫く休む或いは不定期に投稿することとなります。皆様の記事には訪問させて頂きます。

残暑厳しきおり、どうか皆様ご自愛くださいませ。

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竪川専用橋と竪川人道橋の歴史(都電跡)

2024年08月29日 | 散文

下町にこんな説明板が有ります。

読みながら話を進めます。 「かつてこの場所には、路面電車が走るための『竪川専用橋』が水神森〜大島間の開通に合わせ、大正十年一月より架設されていた。 当初の運営は大正二年十月に設立された城東電気軌道(株)で、昭和十七年の大空襲により甚大な被害を受けた。しかし復興に努め、昭和二十四年には区内全域が開通した。」説明板の裏にあるモニュメントです。2系統がここを走っていたようです。

「『チンチン電車』と呼ばれて親しまれ、便利だった都電も昭和三十年代の高度成長政策の頃から、自動車交通の急激な発達により道路が渋滞し、輸送力低下による赤字決算の連続となった。その結果、昭和四十七年、区内全線が廃止された。」

 「そして、昭和五十年、この橋は歩行者専用橋として改修され『竪川人道橋』と呼ばれるようになり、同五十四年、橋の南北の軌道敷は緑道公園に生まれ変わった。」首都高小松川線の高架下です。

高架下は、埋め立てられた元「竪川」です。

「以来、この橋は平成7年の景観整備工事にて都電をモチーフとして修景され、地域の歴史を伝えるモニュメンタルな橋として地域に親しまれてきたが、老朽化が進んできたこともあり、竪川河川敷公園の大規模改修に合わせ一体整備されることとなり、平成23年には撤去され、現在の姿となっている。」

そこにあるのは、当時の(埋め立てられる前の)竪川を横断する都電の姿です。

「なお、モニュメントのレールの一部は『25系統』の亀戸九丁目で使われていたものを再使用しており、車両は当時の写真等を参考にオブジェとしてデザインされたものである。」

現在都電の線路は緑道公園となって、住民に愛されています。

その隣は、「城東高校」です。都立ながら2回甲子園に出場した野球部があります。地元民が応援している「下町の星」です。

この後、散策が続きます。

 

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晩夏の夕方の砂町銀座商店街

2024年08月28日 | 散文

残暑が厳しいとはいえ、吹く風は熱風ではない心地良さがあります。午後4時過ぎの砂町銀座商店街です。

コンクリートの路地にはまだ昼の熱気が残っています。

西陽が路地を照らす商店街です。買い物に出掛けるには、まだちょっとためらう気温です。

商店が暇そうです。まだ買い物客は家を出る時間ではないようです。

西陽がビルに隠れる程傾いています。そろそろ買い物で賑わう時間帯でしょうか?

「今晩のおかずは何だろう?」と聞くと、「たまには作ってよ!」と叱られます。じっと我慢です。

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晴海鉄橋遊歩道改修工事の進捗状況

2024年08月27日 | 散文

工事の進捗状況を覗きに来ました。

ブルーシートが思いの外涼しげです。夏空に似合います。

あまり進捗していないようです。暑いものね。

この錆びた風景が好きなんだけど、どんな風に改修保存されるんだろう?興味深くもちょっと心配です。

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関東一高界隈

2024年08月26日 | 散文

関東一高へ行きます。街灯は有りますが、商店街名はおろか店が無い元商店街を行きます。

元商店街の外れに矢印看板が有ります。

校舎です。私立の共学校です。クラブ活動に熱心な学校です。

朝日新聞は慣れたものです。決勝戦が終わった翌朝には横断幕が届いていました。

連絡橋が有る校舎です。

校舎の塀には活躍を示す横断幕が張られています。そう言えば、カルタは全国連覇したんですね。TVで紹介していました。

連絡橋の向こうに見える橋は、荒川と中川の土手に在る首都高速中央環状線です。すぐそこが土手です。

そして初めて知りました。創立100年なんですね。甲子園球場と同い年です。

グラウンドの向こうにスカイツリーが見えます。周辺はずっと続く海抜ゼロm地帯です。

周辺は下町の住宅街です。

近くにはまだ銭湯が頑張っています。

そして、親水緑道が在ります。こんな町です。

そうそう、これを忘れてはいけません。毎年甲子園の予選が行われる江戸川球場の試合前後のグラウンド整備や、ファールボールの回収などの裏方を務めているのが、関東一高なんです。野球の神様も、東東京の高校野球ファン皆んなも知っています。

次は甲子園の優勝を期待します。

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関東一高甲子園準優勝の周辺

2024年08月25日 | 散文

第106回全国高校野球大会(甲子園)が終了しました。ホームランが無くなったら一打逆転のドラマが無くなってつまらないぞ!って思っていたら、1点を取る采配とそれに応える選手の技術、また1点与えない守備力の向上等々、面白く新しい高校野球を見せてくれました。

東東京代表の関東一高が準優勝しました。土曜日の午後にはもう横断幕が出ていました。関東一高の周辺を報告します。

荒川の対岸の、高速道路の下のあの辺が関東一高です。川に近い下町に在ります。

荒川を渡って新小岩に来ました。関東一高の最寄駅です。ここは葛飾区です。関東一高は葛飾区に近い江戸川区に在ります。

駅前商店街です。ルミエールは界隈一の商店街です。500mくらいのアーケード商店街の左が葛飾区で右側が江戸川区です。 甲子園で優勝や準優勝したら商店街がバーゲンして祝います。それを見に来ました。そういった光景を今まで見たことがありません。

いつも結構賑わっている商店街です。アーケードの天井に「祝関東一高」とかの横断幕が有ると思っていたのに・・・、昨日の今日だからまだ横断幕が出来上がって無いのかな? 商店街を行きます。

ありました有りました!・・・でも小さい⁇

 賑わっていても商店街受難の時代です。閉店する店も在ります。

お、お手製の「祝関東一高」です。

魚屋にも!

でも、疎らと言うか、圧倒的に少ないです。ほら、地方都市では町をあげてお祝いするじゃないですか?

それがここではこんなもの? 朝日新聞から貰った物じゃないですか⁉︎ それすらも貼っていない店が大多数です。

・・・葛飾区は「キャプテン翼」でしょうか? でもこちら側は江戸川区だぞ⁉

区役所へ行ってみました。・・・出ていません。今日は土曜日で職員が休みだからだろうか?  あ、ひょっとして、関東一高は公立校じゃないからだろうか⁇

そうだ! TVで見たあそこへ行ってみよう!!

やって来たのはグリーンパレスです。公営施設のレストランでやっていました。決勝戦の試合中にTVで紹介していました。

これこれ!

「ビック鶏カツ」です。「勝利を勝ち取る」かな? もう「準」になっています。

来ました! スープとサラダとアイスコーヒー付きです。

この大きさで税込1000円です。昨日のTVではカツがVの字になっていたけど、、もう結果が出た後だからVは無しかな?

私の手より大きいです! グローブみたい!

美味しい!! 大きいけど胸焼けしない!少食の私が完食しました。普段も有るメニューなんだろうか?

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「稲荷通り」に「竹の湯」の在る風景

2024年08月24日 | 散文

下町の賑わい商店街の2本北の通りに「竹の湯」が在ります。

銭湯はおめでたい名前を付けます。「松竹梅」なんて代表的な屋号です。シャッターアートが好いです。

下町の賑わい商店街「砂町銀座」には、数年前まで「桜湯」って銭湯が在りました。銭湯受難の時代ですが、桜より竹の方が老舗です(たぶん)。順番は「松、竹、梅、桜、桂、桐」だと思います。私の小学校は組の名称が松竹梅でした。後進が先に廃業したのは、界隈の住宅に内湯を持った家が増えたということです。この界隈はまだ銭湯の利用があるということです。

砂町銀座とここ竹の湯のある商店街の間に1本の路地が在ります。名前を「上野通り」と言います。あの、吉良上野介の下屋敷の堀を埋め立てて造った路地です。竹の湯は、吉良上野介屋敷の敷地跡に立っている訳です。

ウオールアートが目立ちます。この路地を左に行くと、上野通りはすぐそこです。

竹の湯の所属する商店街です。半分くらい民家になりました。すぐ近くの砂町銀座に客を取られてしまいました。「バカ値市」とか「七夕祭り」とかのイベントをやらなかったせいです。

商店街の東側です。左奥に木々が見えます。

小学校の手前に神社が在ります。この通りを「稲荷通り」と言います。

「治兵衛稲荷神社」です。社は小さいですが境内は広いです。昔は盆踊りの輪ができて賑わったと思います。

下町では時々出遭います。界隈を干拓した人の名前を付けた神社です。住民にとっては、ここに定着して子孫が繁栄した神様の「治氏衛さん」です。

銭湯は人が集まる場所でした。町の中心でした。そんな名残りが玉垣に残ります。

神社から竹の湯方面の「稲荷通り商店街」を眺めます。

各地の商店街では廃業する商店が後を断ちません。稲荷通り商店街が無くなって、神社行事が無くなって、上野通りも無くなって、砂町銀座も無くなって、味気ない民家だけの、ただの下町の路地になってしまうんだろうか?我々世代は、その栄枯盛衰の過程を見ているんだろうか?

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晩夏の亀戸天神をしっとりと巡る

2024年08月23日 | 散文

太鼓橋の朱色が映えて艶やかです。

藤棚を巡ります。

涼しげです。

こちらにも提灯が掲げられています。

藤の蔓の緑とよく似合います。

藤棚と太鼓橋です。

もうすぐ例大祭りです。晩夏を彩る祭りです。

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亀戸天神「若福」の晩夏風景

2024年08月22日 | 散文

亀戸天神の境内に唯一在る割烹「若福」です。だれも居ない晩夏の午後です。

晩夏と言ったって、真夏日が続きます。

暖簾の紫紺が涼を誘います。

「梅とろろ」の名店です。

テイクアウトもあります。

目の前の池が涼しげです。

カウンターを覗きます。

実は、梅とろろより厚焼き玉子が有名です。近くの舟橋屋のくず餅と人気を二分しています。

残暑とはいえ、緑がしっとりしています。晩夏の風情です。

若福もしっとりと佇みます。

こんな景色に季節の移ろいを感じます。

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晩夏の亀戸天神

2024年08月21日 | 散文

緑の世界に朱の太鼓橋が艶やかです。この色のコントラストは日本の神社風景によく見られます。現在のようなネオンサインなんて無い古代から、色合いの乏しい田園山林風景に、朱色はよく映えたと思います。人心を引き付けます。信心を喚起します。

夏の植物酔芙蓉です。

いつもここにスマホの写真台があります。今日は参拝者が少ないので覗いてみました。

写真台から見た景色です。

ウクライナ色の参拝者です。ウクライナ頑張れ!

太鼓橋に竹竿が有ります?

藤棚を巡ります。

提灯が掲げられています。

静寂の晩夏です。

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「第一製菓」のある町

2024年08月20日 | 散文

小さな可愛い店です。

第一製菓直営ショップです。

工場です。

出荷場です。配送車が2台停められます。

駐車場も在ります。車でないと、駅からちょっと遠いです。

可愛いショップです。名前は「パン・ド・イーグル」です。

東立石に在りますよ。

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空蝉坂の焼き芋とかき氷

2024年08月19日 | 散文

空蝉坂の急坂の途中に信号が有ります。頂上の信号が青になって進むと、いつもここで赤信号に捕まります。そこには古いお茶屋があります。時節柄、「氷」の幟暖簾が出ています。そして、赤地の「やきいも」も有りました。見た目暑いです。

信号待ちの間に覗き込みました。芋を焼く釜も有ります。夏は仕舞わないのだろうか?

小さな店です。倉庫なんか無いのだろうか?

お茶がメインで、かき氷とソフトクリームが夏季の商品のようです。そして冬のなると焼き芋が登場するラインナップのようです。

春には空蝉坂の桜並木が屋根を覆います。ちょっと好い雰囲気の店です。

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キャプテン翼の南葛高校

2024年08月19日 | 散文

夏は高校野球の季節ですが、そうでも無い町もあります。四ツ木駅はキャプテン翼の駅です。

隣には立石駅が在ります。ここもキャプテン翼の駅です。

そして、「南葛高校」が在ります。大空翼の所属高校です。立石はキャプテン翼の町です。

正門脇の像です。派手です。ツインシュートです。皆んな真似してふくらはぎやアキレス腱を蹴られたと思います。

「東京都立南葛飾高等学校」は作者高橋陽一氏の母校です。

豪快に横からも。

全国大会出場の幟が掛かっています。残念ながらサッカー部ではありません。意外にもサッカー部は弱いんです。

でも街のシンボルです。

さりげなくショップが在ります。

そして「南葛SC」があります。

このユニフォームを着ることが憧れのようです。

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猛暑日の蕎麦屋「鷹匠」

2024年08月18日 | 散文

猛暑日の太陽に白い暖簾が眩しいです。

参道みたいな入り口が眩く光ります。コンクリートが反射します。これ以上無い夏です。

最近、客の人数制限をしました。インバウンド対策でしょうか?

ただいま50〜60分待ちです。

暖簾が少し揺れます。根津の猛暑日です。

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「夕やけだんだん」界隈の今

2024年08月18日 | 散文

すっかり更地になりました。背後に、工事前には看板しか見えなかった「質おぢさん」が露出したままです。

谷中銀座の東口です。「夕やけだんだん」の坂下です。

解体を初めて1年くらいになるでしょうか?

再開発されて新しく店舗と共同住宅が建つ計画です。9月に着工予定で、来年12月に完成の予定です。

夕やけだんだんを上ります。

猛暑のせいで景色が白っぽいです。そして、いつもは観光客で溢れているのに、誰も居ません。

外国人が居ました。日本がこんなに暑いって知らなかったでしょう?

だんだんの左側が再開発の場所です。

振り返ります。あの看板はいつまで出しておくんだろう?って眺めました。

そうしたら、なんか富士見ホテルの看板が新しく見えます。

再開すれば良いのに。

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