3月9日(水)に行われたB級1組 順位戦最終局の結果、藤井聡太五冠のA級昇級が決定いたしました。プロ入りしてから丸5年、ようやくプロ棋士のトップ10名が集うA級入りを果たしました。来期、このA級順位戦の総当たり戦で、見事第1位が成し遂げられると、晴れて名人位への挑戦権が得られることになります。
それにしても、将棋界のことをよく知らない人からは、「藤井聡太って、今でも実力NO.1なんでしょ。何で、その実力NO.1の人が5年もかけないと、最高位の名人への挑戦者決定リーグに入れないのかが理解できない」と言われてしまいます。
「プロ棋士の世界は実力だけが地位を決める世界。なのに、何で『年功序列』みたいな仕組みを維持しているのか?」
確かに、順位戦の階段は、プロ棋士たちの基本月給を決める仕組みにもなっており、プロ棋士にとっては『人事制度の根幹』であります。すなわち、順位戦での成績によって昇級が決まりますし、そのスピードによっては段位の昇段にも影響が出ます。この順位戦のどの組に属するかと、現在の段位とが組み合わさって、プロ棋士の基本月給が決まるという訳なのです。
戦後、日本将棋連盟が成立して、正式なプロ棋士界の仕組みが徐々に整っていく際、プロ棋士たちの基本的な処遇を、この名人戦の予選リーグである順位戦の上下によって給与が上下する仕組みに整えたと推測できます。プロ入りしたばかりの4段棋士は、1年目にC級2組に所属して、いわば新入社員としての処遇水準。そこを勝ち抜きC級1組に上がれば、月給基準の階段が一段上昇する。B級2組、B級1組とアップするに従い、この階段のランクもアップしていく。またそれに伴い、段位も上がっていくので、これも基本給アップに繋がっていきます。
最上級クラスであるA級の10名は、段位八段への昇段とともに、最高クラスの月給水準が用意されており、晴れて名人位を獲れば、莫大なタイトル料も手にする。
この仕組みは、実力で処遇が決まるプロ棋士とは言え、戦後の日本的人事制度にみられる年功的な要素も加味して作られたのだと思います。
ちなみに、その後に作られたタイトル戦では、何年もかからないと挑戦権を得る場にも立てない、というルールにはなっていません。例えば、名人位と並ぶ最高格式の竜王戦では、全プロ棋士に加えて、女流棋士、アマ棋士にも、予選に参加できる資格があり、そこを勝ち抜ければ、最後の挑戦者決定トーナメントに参加できます。プロ1年目でも、理論的には竜王位の挑戦者になれる仕組みになっています。
「そんな昭和の遺物みたいな、順位戦の仕組み自体、変えてしまえば良いではないか!」とおっしゃる方もいると思いますが、先ほど申し上げたとおり、順位戦の仕組みはプロ棋士一人ひとりの処遇水準を決める根幹になっておりますので、今から変えるとなると、プロ棋士一人ひとりの処遇をプラスマイナスする行為になって、個々人の損得の問題となるので、簡単ではありません。プロ棋士の間で、合意手続が取れる可能性が低いのです。
まぁ一方で、この仕組みがあるからこそ、名人位に就く棋士は、特別であると言えます。例えば、短期間だけ絶好調になった人とか、一世を風靡した特殊な戦術を駆使した人が、この地位に就くことはありません。その時代を代表するプロ棋士のみが戴冠を許されるのが、将棋の『名人位』。そういうタイトルがあっても良いのかなと、個人的には考えております。