10万人規模の陸軍派兵が出来ないバイデン大統領が選択した、ロシア中央銀行をはじめ、主なロシアのマネーセンターバンクを「SWIFTから排除する」という戦術は、劇薬であるとともに、『塩加減』が難しい最終兵器と言えます。
「SWIFT」とは、一般に、国際銀行間通信協会が運営する国際決済ネットワークシステムを指します。インターネットなどの他のネットワークから完全に独立した決済ネットワークであるため、安全性が強固である一方、今流行の暗号通貨のネットワークのような安価なサービスではない、金融界のレガシー的な仕組みの一つです。
しかし、多額の国際決済には欠かせないインフラであり、ここから排除されてしまうと、例えば、日本のメガバンクのような、グローバルで活躍しているマネーセンターバンクは、その業務を続けることは出来なくなります。
特に、預金と資金運用が通貨毎にバランスしていれば問題は少ないのですが、これがバランスしていないと、例えば、ロシア最大のズベルバンクなどは、ドルやユーロを国際金融市場で調達して、それを貸出や運用に回していますから、SWIFTから締め出される=国際金融市場で調達できない、となってしまい、通貨毎の資金繰りに窮してしまうことになります。銀行が資金繰りに窮してしまえば、ロシア国内の預金者も不安が募って、預金の引き出しに奔ります。現実にこれが発生して、ロシア最大のズベルバンクは、一気に破綻に向かいつつあります。このこと自体、SWIFT排除作戦の成果であり、狙いどおりに素早い実績が挙がったということ。
しかし、ズベルバンクとは、NATO側の欧州の金融機関や大手企業が相応の取引額を抱えており、もし、このままズベルバンクが破綻すれば、NATO側の取引企業・銀行も相応の痛手を被ることになりますし、最終投資家であるNATO側の個人にも大きな損害が出ることになります。この作戦が『劇薬』であるとは、そういう意味なのです。
なお、ロシア国民は、ズベルバンクのようなグローバル銀行から預金を引き出して、現金か、あるいは、他の国内専門の金融機関に預金を預けることになると思います。ロシアは資源国ですので、日本の日銀に当たるロシア中央銀行は、ロシアの資源などを後ろ盾にして、国内の通貨供給量を増やして、大手銀行破綻による金融不安を避ける手段に出てくると思います。ロシア通貨のルーブル下落によって、国内ではインフレ高騰などの弊害も出てくるでしょうが、国内の貨幣経済が止まらないよう、ロシア中央銀行は、ジャブジャブの資金供給を続けると思います。
さて、難しいのが『塩加減』です。ロシアのマネーセンターバンクだけでなく、ローカル銀行が間接的に外資銀行経由で実行する国際金融決済なども、すべて排除してしまえば、ロシア経済は一気に窮することになるのでは? という方もいらっしゃると思います。確かに、そこまでやると、小さな貿易取引もほぼ不可能になりますので、ロシアで自給自足が困難なものは全て手に入らない(中国経由以外は手に入らない)ことになります。ですから、ロシアを追い込むには非常に効果的な作戦になります。
しかし、それでは、第二次大戦中のスターリングラード攻防戦やレニングラード包囲戦と同様、ロシア国民を限界まで追い込むことになります。水や食糧を断ち切ることと同義であるため、人道的な問題もありますが、世界有数の核保有国を限界を超えて追い込むことになりかねません。
この作戦の要諦は、ロシアの軍事作戦を封じ込める程度、あるいはロシアの大手企業の活動を大きく制約する程度で、かつロシア国民の市民生活は最低限続けられるレベルにマネージすること。そうした『塩加減』の手腕が問われる戦術、これが「SWIFT排除」という作戦の本質です。
ちなみに、自分の働く会社もSWIFTには加盟しておりますが、未だに、どこの銀行を排除せよ、とか、どのような決済は受け付けるな、とかの指示は来ておりません。どう考えても『塩加減』が難しい。誰も経験がないので、どこまでやれば良いのか、最初は手探りになってしまいそう。というよりも、本当に実行できる作戦なのかも定かでない気が致します。
むしろ、『SWIFT排除』と、発信するだけで大手銀行が破綻に追い込まれてしまうほどの威力ですから、言うだけ作戦、でも良いのかもしれません。
なお、SWIFTはあくまで国際銀行間決済ネットワークでありますが、なぜアメリカが主導できるのか? これは、世界最大の金融マーケットがNYのウォール街であることが理由。マーケットを牛耳る国が世界の金融を牛耳っているということであります。