元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「善き人のためのソナタ」

2007-03-28 06:42:26 | 映画の感想(や行)

 (原題:DAS LEBEN DER ANDEREN )本年度の米アカデミー外国語映画賞を獲得したドイツ作品。東西冷戦時代の東ドイツを舞台に、シュタージ(国家保安局)の局員(ウルリッヒ・ミューエ好演)が劇作家とその恋人を盗聴するうちに、今までに触れた事のない自由な世界を知ってゆくようになる過程を描く、若手のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督作。

 ベテランのシュタージのエージェントである主人公は盗聴なんてそれ以前にいくらでもやっていたはずだし、いくら今回の対象がアーティストであろうと、過去に“西側的な自由な空気”を漂わせたターゲットに接したことは何度もあったと予想できる。なのにどうしてこのケースに限って本人の心は動いたのか。そこが十分描けていないことが本作の弱点である。

 ただし、それ以外の部分についてはこのキャラクターは実によく描けていると思う。謹厳実直とは聞こえが良いが、要するに組織に盲目的に依存している無能者だ。しかも彼は他人を信用しない・・・・というか、人間というものが分かっていない。前半、彼がシュターデの若手局員たちに尋問のプロセスを蕩々と解説するシーンは他人を“物”扱いして恥とも思わない彼の虚無的な内面が表現される。

 当然、彼はいい年をして独身。時折馴染みの売春婦に性的処理をお願いするあたりも寒々とした雰囲気だ。非人間的な国家体制のためにこういう人間が生まれた・・・・というより、もともと非人間的なキャラクターだったからこそ旧東側の閉塞的な社会に合っていたとも言える。

 秀逸なラストシーンは語り草になるだろうが、それよりも終盤、ベルリンの壁崩壊後の彼の身の振り方は印象深いものがある。劇作家との関係というイレギュラーな事態は作者から勝手に与えられた“アクシデント”に過ぎないと言わんばかりの有様には、マゾヒスティックな感慨さえ覚えてしまった。

 それにしても、冷静時代のシュターデの所業について逐一記録が残されており、当事者はそれを自由に閲覧できるという事実には驚いた。いかのあの時代が旧東側諸国の国民に影を落としているかを痛感する。
コメント
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