元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」

2015-05-23 06:23:21 | 映画の感想(ま行)

 (原題:Narco Cultura )メキシコにおける麻薬カルテル(マフィア)の暗躍とそれがもたらす惨禍に関しては聞き及んではいたが、本作は警察側の人間だけではなく現地の風俗(音楽)という目新しいモチーフを採用し、複眼的な見方を提示しているところが興味深い。ロバート・キャパ賞を受賞したイスラエル出身の報道カメラマン、シャウル・シュワルツ監督によるドキュメンタリーだ。

 舞台は年間3千もの殺人事件が発生するが、その99%が放置されるという“世界で最も危険な街”のひとつであると言われるシウダー・フアレス。アメリカとの国境近くに位置するが、そこから目と鼻の先にあるテキサス州エル・パソは全米でも指折りの治安の良い都市だ。まずこの“格差”には愕然とする。

 映画はシウダー・フアレスの警察官リチ・ソトと、カルフォルニアに住む歌手エドガー・キンテロを“主人公”にして展開する。リチ・ソトの任務は過酷で、今まで何人もの同僚がマフィアからの報復によって命を落としている。勤務中は“御礼参り”を恐れて覆面を被るというのだから凄い。

 身の安全のためにアメリカに移住する者も多いが、彼は生まれ育った町を立て直したい一心で地元を離れない。彼は“シウダー・フアレスは決して犯罪ばかりの町ではない。人情味のある優しい住民も多いのだ”と独白するが、状況の厳しさには慄然とするしかない。

 エドガー・キンテロはナルコ・コリードと呼ばれる音楽ジャンルのミュージシャンだ。このナルコ・コリード、パッと聴いた感じは明るく楽しげなメキシコ製ポップスなのだが、歌詞の内容はマフィアのボスを英雄として称え、その悪行を武勇伝として持ち上げるという、トンでもなく反社会的なものだ。そのため現在はメキシコ国内では音源の販売は禁止されているが、根強いファンも多数存在し、アメリカおよび周辺国では普通にCDが売られている。道徳観が逆転した世界が風俗レベルで民衆に浸透していることを見せつけられるに及び、何とも暗澹たる気分になってくる。

 そして劇中に出てくる“本物の”死体の数は尋常ではない。当初は目を背けたくなるが、厄介なことに映画が進むと慣れてくるのだ。大半の観客は鑑賞後に虚無感を覚えると思うが、シュワルツ監督は“それが狙い”だと言う。たとえ解決策が提示出来なくても、この事実を知ってもらい、共に考えることが大切だと主張する。

 これは在り来たりのスタンスのように見えて、実は最も冷静な態度だと思う。ヘタに処方箋めいたものを挿入すれば特定のイデオロギーに絡め取られる危険性が大きい。題材はセンセーションだが、作りは正攻法。観る価値はある。
コメント
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