(原題:I USED TO BE FAMOUS )2022年9月よりNetflixより配信。かつての人気ミュージシャンの挫折と再生を描いたシャシンで、題材は興味深く肌触りも悪くないのだが、いまひとつ盛り上がらない。モチーフが多い割に作劇に説明不足の感があり、詳細が描ききらないまま終わったような印象を受ける。上映時間をあと20分ほど延ばしても良いので、ドラマにもっと奥行きを付与して欲しかった。
若い頃に大人気アイドルグループの一員だったヴィンスは、今ではすっかり落ちぶれて日々の生活にも困る境遇だ。それでも音楽への情熱は消えておらず、時折ロンドン南東部のペッカム地区で単独のストリートライブを敢行している。ある日、抜群のリズム感を持つ少年スティーヴィーが現れ、2人は即興のジャムセッションを始め、その動画がSNS上で評判になる。再起への手応えを感じ始めたヴィンスだが、実はスティーヴィーは自閉症で、彼の母親アンバーは息子が公衆の前に出ることにいい顔はしない。それでも諦めないヴィンスは、スティーヴィーと一緒にステージに立つため各ライブハウスを回って売り込みを開始する。
スティーヴィーが通っている音楽セラピーでのエピソードと、ヴィンスと母そして弟との関係を描いたパート、さらにヴィンスが昔グループにいた頃の話や、元々はダンサーだったアンバーのプロフィールなど、話を詰め込んではいるがそれぞれが十分に描き込まれていない。すべてを納得できるように提示するには、この上映時間(104分)では足りないのだ。
反面、主人公の音楽に対するスタンスにはあまり言及されていない。彼がどういうサウンドを追求したいのか、ほとんど分からない。煮え切らない展開の果てに、終盤には無理矢理に決着を付けた感じで、釈然としない気分で鑑賞を終えた。エディ・スターンバーグの演出は薄味で、ドラマにメリハリが足りていない。
ただしキャストは健闘している。主演のエド・スクラインをはじめ、エレノア・マツウラにレオ・ロング、オーエン・マッケンといった顔ぶれはあまり馴染みが無いが、悪くない仕事ぶりだと思う。ヴィンスのオリジナル曲こそ印象は薄いが、バックに流れる既成曲のチョイスは良好。アンガス・ハドソンのカメラによるロンドンの下町の光景は風情がある。