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元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」

2023-09-11 06:57:20 | 映画の感想(か行)

 (原題:CRIMES OF THE FUTURE )さすがデイヴィッド・クローネンバーグ監督。80歳になってもその“変態ぶり”は衰えを見せず、今回も目を剥くような異世界を現出させている。近年は彼の息子ブランドンが監督デビューしているものの、まだまだ父親の跡を継ぐまでには至っていない関係上、デイヴィッド御大には引き続き頑張ってほしいものだ。

 人工的な環境に適応するため生物学的に人類が“進化”を遂げた近未来。その結果として誰しも“痛み”を感じなくなった世界で、密かに好事家たちの人気を集めていたのが、体内で新たな臓器が次々と生み出されるという特異体質の男ソール・テンサーと、そのパートナーであるカプリースによる“臓器摘出ショー”であった。

 だが、文字通り“人工的な”臓器が市場に出回ることを快く思わない政府は、臓器登録所なるものを設立してソールを監視するようになる。ある日彼の元に、生前プラスチックを食べていたという子供の遺体が持ち込まれる。関係者はそれをショーの“目玉”として解剖の対象にして欲しいらしい。クローネンバーグ自身によるオリジナル脚本の映画化だ。

 出てくる連中はどれもクセが強すぎて感情移入はできない。ストーリーも無手勝流で、分かる者には分かるかもしれないが、一般ピープルはドン引きだろう。事実、2022年の第75回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で公開された際は、退出者が続出したという。しかし、彼の映画に耐性(順応性)を持つ観客にとっては、作品の持つ雰囲気と特異な意匠を味わうだけで満足できる。

 舞台が未来という割にはスクリーンに映し出されるのはどこかの地方都市の裏通りばかり。まさに場末感が横溢している。ハイライトである臓器摘出場面のエグさは流石で、終盤にはそれに輪をかけたようなグロい仕掛けまである。ソールの身体をフォローするライフフォームと呼ばれるマシンの造形は“信頼のクローネンバーグ印”ともいえる奇態なもので、そのメンテナンス係の女子二人組も立派な変態だ。

 しかし、カプリースに扮するのがレア・セドゥで、臓器登録所のエージェントのティムリンを演じているのがクリステン・スチュワートという、私があまり好きではない女優がキャスティングされているのは個人的にはマイナス(笑)。もっと魅力的な面子を持ってきてくれれば、評価が上がったところだ。それでも主役のヴィゴ・モーテンセンは好調で、肉体崩壊に突き進む異形のキャラクターを演じきっていた。音楽はクローネンバーグ作品の常連であるハワード・ショアで、今回も達者なスコアを提供している。
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「希望のカタマリ」

2023-09-10 06:08:01 | 映画の感想(か行)

 (原題:ALL TOGETHER NOW)2020年8月よりNetflixより配信された青春ドラマ。とびきり上質な作品ではないものの、丁寧に作られていて鑑賞後の印象は悪くない。キャストの健闘も光る。そして何より、前向きで訴求力の高い主題を採用していることが評価できる点で、登場人物たちと同世代の若年層に見せればかなりウケると思う。

 オレゴン州ポートランドに住むアンバー・アップルトンは、高校に通いながらもバイトやボランティアに積極的で、皆から一目置かれていた。時に音楽の才能は非凡なものがあり、優れた芸術学部を擁するペンシルベニア州ピッツバーグのカーネギーメロン大学への進学を目指していた。ところが、実は彼女には住む家が無く、母親と一緒にスクールバスの中で寝泊まりしていたのだ。それでも日々笑顔を忘れないアンバーだが、そんな彼女を次々と不幸が襲う。果ては愛犬のボビーの重病が発覚するに及び、激しく落ち込む様子を友人のタイに悟られてしまう。

 幸薄い生い立ちにもめげず、何事にも積極的に取り組み、明るさで乗り切ろうとしたヒロインが大きな壁にぶつかったとき、どう対処すべきか。程度の差こそあれ、誰でも思い当たるシチュエーションではないだろうか。そう、いくら気丈に振る舞っても、個人が出来ることは限られているのだ。ここで明暗を分けるのが、他者からの助けを受け入れる度量があるかどうかである。頑なだった主人公が“自分は一人ではない”という真実に行き着くプロセス、それが“成長”というものだろう。

 ブレット・ヘイリーの演出は派手さは無いが堅実で、揺れ動くヒロインの内面をうまく掬い上げていると思う。主演のアウリイ・クラヴァーリョは決して美少女タイプではないが(笑)、表情が豊かで好ましい。「モアナと伝説の海」(2016年)の主役の声優としてデビューしたこともあり、歌も上手い。タイ役のレンジー・フェリズもナイスキャラだ。

 ジャスティナ・マシャドにジュディ・レイエス、テイラー・リチャードソンら脇の面子も良いが、テレビドラマ界の大物であるキャロル・バーネットが顔を出しているのは嬉しい。相当な高齢だと思うが、矍鑠としている。また、ロブ・ギヴンズのカメラが捉えた、紅葉が映える秋のポートランドの街並みは本当に美しい。
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「アウシュヴィッツの生還者」

2023-09-09 06:06:53 | 映画の感想(あ行)
 (原題:THE SURVIVOR)まことに失礼ながら、バリー・レヴィンソン監督がまだ現役であることを知らなかった。彼の作品で一番ポピュラーなのは何といってもオスカーを獲得した「レインマン」(88年)だが、実はそれ以後も寡作ながらコンスタントに映画を手掛けている。しかし、日本未公開作品やTVムービーが続き、どちらかというと忘れられた存在だったことは否めない。その意味で、今回久々に彼の仕事ぶりを確認できただけでも有り難いと言える。

 ナチスドイツの強制収容所アウシュヴィッツから生還したハリーは、戦後アメリカでボクサーとして活動していた。決して好成績は残せていないが、戦時中に生き別れた恋人レアにいつの日か自身の存在を知らせることが出来ると信じて、彼はリングに立ち続けている。だが、レアが見つかることはなく、やがてハリーは何かと世話を焼いてくれたミリアムと恋仲になる。それから十数年の歳月が流れたある日、彼は思わぬ知らせを受け取る。アウシュヴィッツから奇跡的に逃れたハリー・ハフトの半生を題材に、その息子アラン・スコット・ハフトが書き上げた実録小説の映画化だ。



 冒頭、思い詰めた表情で浜辺に一人立ち尽くす中年に達したハリーの姿を映し出した後、映画は戦後すぐの彼の試合のシーン、そしてボクサーとしてのスキルを不本意ながらも会得することになった収容所での地獄のような体験などを、手際の良い時制配分によって描き出す。そして終盤には最初の場面に戻り、映画全体を大河ドラマ風に締めくくる。このスムーズな作劇は、さすがベテランのレヴィンソン監督らしい。

 ところが、皮肉なことにその職人的な手腕が実話であるこのネタのインパクトを薄める結果になったことも確かだ。つまりは、あまりにも“出来すぎている”のである。特にラストの処理など、高視聴率の連続TVドラマの最終回のような御膳立てだ。多少不器用でも良いから、血の通った熱いメッセージを伝えて欲しかった。

 主演のベン・フォスターは肉体改造も厭わないほど気合いが入っているが、残念ながらボクシングシーンはあまり盛り上がらない。同様のアプローチで臨んだロバート・デニーロを起用したマーティン・スコセッシ監督「レイジング・ブル」(80年)とはかなりの差だ。また、悲惨であるはずの強制収容所の描写も、真にこちらのハートを震撼させるレベルには至っていない。

 ヴィッキー・クリープスにビリー・マグヌッセン、ピーター・サースガード、ダル・ズーゾフスキー、ジョン・レグイザモ、ダニー・デヴィートなどの脇の面子は堅実な仕事ぶりだが、やっぱりテレビ的で物足りない。2021製作の映画だが、賞レースに絡んでいないのも何となく事情が推察されるようだ。
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「死刑にいたる病」

2023-09-08 06:09:15 | 映画の感想(さ行)

 2022年作品。白石和彌監督作としては、マシな方かと思う。少なくとも退屈せずに最後まで付き合えた。しかし万全の出来かというと、そうではない。観終わってから考えると、いろいろと辻褄の合わない箇所があることに気付く。また、別の映画の設定を露骨にパクっている点も愉快になれない。櫛木理宇の同名小説(私は未読)の映画化ながら、まさか原作もこの通りなのかと、気になってしまった。

 北関東の三流大学に通う筧井雅也のもとに、連続大量殺人犯で死刑判決を受けている榛村大和から“一度会いたい”という内容の手紙が届く。以前榛村は雅也の地元にあったパン屋の経営者で、当時中学生だった雅也はよく店を訪れていて、榛村とも親しくしていた。拘置所にて雅也と面会した榛村は、自身が犯人とされた一連の殺人事件の中で、最後の事件だけは冤罪だと訴え、犯人が他にいることを打ち明ける。雅也は榛村の担当弁護士のもとを訪れて事件の資料を閲覧すると共に、独自に調査を始める。

 冒頭に雅也の祖母の葬儀が映し出され、加えて鬱屈したような彼の学生生活が紹介される。他の登場人物たちも覇気が無く、全体的に沈んだ雰囲気が横溢。この中で凄惨な殺人事件が展開されたという段取りは悪くなく、ダークな方向に振り切った作劇はけっこう引き込まれるものがある。白石監督の仕事ぶりも淀みなくスムーズだ。

 だが、榛村の造型はどう見ても「羊たちの沈黙」のレクター博士の物真似だろう。雅也と対峙する構図も同様で何となく鼻白む。そもそも、雅也が法律事務所のバイトの分際で法曹関係者を騙ってフットワークも軽く(?)聞き込みに専念するというストーリーは無理がある。第一、いくら榛村が並外れて狡猾でも、小さな町であれだけの殺戮が実行できるはずがない。一人殺した時点で少年院帰りの彼は真っ先に疑われるはずだ。また、白昼堂々と表通りで被害者を車に押し込んで殴打するというくだりも有り得ない。

 映画は勢いよくラストまで駆け抜けるが、最後のエピソードは分かったようでよく分からない。それに、思わせぶりに登場する雅也の両親が大した役割を与えられていないのも脱力する。榛村に扮する阿部サダヲはノリノリでこの役を演じているが、どうにもワザとらしさが拭えない。雅也役の岡田健史(現:水上恒司)は良くやっていたと思うが、宮崎優に鈴木卓爾、佐藤玲、吉澤健、そして中山美穂といった他の面子は印象が薄い。池田直矢のカメラによる暗鬱な映像と、大間々昂の音楽は及第点。なおタイトルはキェルケゴールの「死に至る病」をもじったものだろうが、ハッキリ言って安直だと思う。
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「シモーヌ フランスに最も愛された政治家」

2023-09-04 19:26:23 | 映画の感想(さ行)
 (原題:SIMONE, LE VOYAGE DU SIECLE )観る価値はある。何より、シモーヌ・ヴェイユという政治家を知ることができただけでも、この映画に接して本当に良かったと思う。東洋の島国に住んでいる我々には、世界中の重要な仕事を成し遂げた為政者をすべて認知するのは難しいのかもしれないが、それでも映画を通じて紹介してくれたのは意義深い。

 主人公シモーヌは1927年南仏ニースの生まれ。ユダヤ人であったことから、第二次世界大戦中に親ドイツのヴィシー政権が成立した際に検挙され、家族と共に収容所送りとなる。何とか生き抜いた彼女は、戦後はパリ大学で法学を学び、司法試験合格し法曹界へと進む。やがてポンピドゥー政権下で司法官職高等評議会の事務総長に任命され、政治家としての道を歩み始める。



 ヴェイユのことをネット上で検索しただけでも、かなりの実績を上げた人材であることが分かる。もちろん、本作は彼女が残した功績をクローズアップすることが狙いなので、マイナス面があったとしてもそれを殊更論うことは無い。それでも誰も手を付けていなかった人権問題、しかもそれまで“問題”として認識もされていなかった案件の数々を取り上げて解決への道筋を示した手腕には感服するしかないのだ。

 脚本も担当したオリヴィエ・ダアンの演出は巧みで、あえて時系列をランダムに配置し、1974年での中絶法の可決を実現させると共に79年には女性として初めて欧州議会議長に選出された事実を最初に提示して、この仕事の背景になった彼女の生い立ちをそれぞれピックアップしていく構成が効果を発揮している。単に史実を順序立てて追うだけでは、これほどのインパクトは無かったはずだ。その手法が真にモノを言うのが、終盤近くで紹介されるアウシュビッツ収容所でのエピソードだ。この辛い体験があるからこそ、非人道的な事柄にアグレッシブに対峙するシモーヌの姿勢が鮮明になる。



 キャストでは中年以降の主人公を演じるエルザ・ジルベルスタインのパフォーマンスが際立っている。本当に政治家にしか見えないのだから大したものだ。もちろん、同じユダヤ系であることも大きいだろう。若い頃のヒロインに扮したレベッカ・マルデールも良い仕事をしている。エロディ・ブシェーズやオリヴィエ・グルメなどの他の面子も申し分ない。

 シモーヌ・ヴェイユは2017年に世を去ったが、その時は国葬が催され、パンテオンに合祀されている。その功績を考えれば当然と思われ、実際には多くの国民がそれを支持した。勝手に閣議決定だけで元総理の国葬の実施を決め、国会の議決どころか世論の賛同も得ないまま断行してしまったどこかの国とは大違いである。
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「バービー」

2023-09-03 06:10:21 | 映画の感想(は行)
 (原題:BARBIE)バービー人形自体がもともと子供向けの玩具である関係上、この映画も子供を対象にしていると思って良い。ただし、私のこの見解には異論がありそうで、大方の評価は“ジェンダー問題などに切り込んだ社会派テイストのシャシン”といったものだろう。しかし、玩具をネタにそういう御大層な題材を扱う必要があるとは、個人的には思えない。深く突っ込むのならば、別の方法があったはずだ。

 バービーとその仲間の人形たちが暮らす“バービーランド”は、ピンクに彩られた世界で毎日がパーティ。何の問題も無い日々が永遠に続くと誰もが信じていたが、ある時スタンダードモデルのバービーの身体に異変が起きる。外の世界を知る“変てこバービー”に相談すると、現実世界のバービー人形の持ち主である女の子の問題を解決すれば、元に戻れる可能性があると聞かされる。そこで彼女は、勝手についてきたケンと一緒に人間が暮らす現実の世界へ赴く。



 要は人間世界の不安がバービーの住むエリアに悪影響を与えていたということで、その最たるものがケンが目の当たりにするマッチョな家父長制だ。男性優位主義に目覚めたケンは“バービーランド”に戻り皆を啓蒙。すると瞬く間に“バービーランド”が前時代的な様相に変わってしまう。これは大変だと、バービーたちは奮闘するのだが、何やらマッチョイムズとフェミニズムが単純二項対立のごとく配置されている案配で、これは底が浅いと思う。

 また、アランという中立的なキャラクターを登場させるのも安易に過ぎる。だが、本作が子供向けの紙芝居のような位置付けならば納得できよう。深読みして無理矢理持ち上げる必要は無い。グレタ・ガーウィグは監督として「レディ・バード」(2017年)や「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」(2019年)を手掛けているが、それらに共通する煮え切らない空気が本作にも充満している。

 舞台造形やファッション可愛いという意見があるが、個人的にはそれほどのインパクトは受けず。マーゴット・ロビーにライアン・ゴズリング、アメリカ・フェレーラ、ケイト・マッキノン、ヘレン・ミレンなどのキャストは頑張っているが、どうも印象が薄い。しかしながら、あえて長所を探してみると、子供向けらしくセリフが平易で、これなら字幕なしでも8割方は理解できる。英語の教材としてはもってこいだ。

 そしてサントラ盤は実に豪華。出演もしているデュア・リパをはじめ、リゾ、ニッキー・ミナージュ&アイス・スパイス、チャーリーXCX、エイバ・マックス、テーム・インパラ、サム・スミスらが新曲を提供しており、この手のサウンドが好きならば買う価値はある。
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「インスペクション ここで生きる」

2023-09-02 06:05:06 | 映画の感想(あ行)
 (原題:THE INSPECTION)これは厳しい映画だ。アメリカのインディペンデント系エンターテインメント企業であるA24が手掛ける作品には変化球を効かせたものが目立つが、本作は撮り方としては正攻法である。しかし、代わりにドラマの焦点になっているモチーフは一筋縄ではいかない。言い換えれば、題材がシャレにならないからこそ奇を衒ったアプローチは禁物だということだろう。この判断は的確だ。

 2005年のアメリカはイラク戦争の真っ只中にあった。同性愛者の若者エリス・フレンチは母に見捨てられ、16歳の頃から家を出るハメになり、それ以降10年に渡ってホームレスとして生きてきた。そんな彼が環境を変えるべく、一念発起して海兵隊への入隊を決意する。何とか採用されたエリスだが、例によって鬼軍曹からの熾烈なシゴキが待っていた。加えてゲイであることが周囲に知れ渡り、激しい差別と虐待にさらされる。だが、真摯で前向きな彼の態度は徐々に上官や同僚たちからの信頼を勝ち取っていく。本作が長編デビューとなるエレガンス・ブラットン監督が、自身の経験をもとに書き上げたオリジナル脚本の映画化だ。



 前述の“シャレにならない題材”とは何かというと、それはエリスが入隊後に味わう軍隊内の理不尽さではなく、イラクに戦争を仕掛けた当時のアメリカの独善ぶりでもない。ズバリ言うと、主人公と母イネスとの関係性だ。開巻間もなく、エリスが入隊に必要な出生証明書をもらうため久しぶりに自宅に戻るシーンがあるが、ここでの母親の冷淡な態度は尋常ではない。主人公が家を追い出されたのは、同性愛者を蛇蝎の如く嫌うイネスの存在ゆえであった。

 エリスは決して素行に問題がある息子ではなく、それどころかホームレス仲間からは慕われている。人望があるからこそ、海兵隊に入っても何とかやっていけたのだ。しかし、いくら相手が根はいい奴でもゲイというだけで毛嫌いする連中は存在する。ましてや子供の性格を把握しているはずの親でも、本質から目をそらして同性愛者という“外観”だけに拘泥してしまう。

 そしてイネスは愚かにも、軍隊は息子の性的嗜好さえも叩き直してくれると思い込んでいたのだ。この差別と偏見の実相を、ブラットン監督は鮮明に描こうとする。これはたとえば「愛と青春の旅立ち」(82年)のような“落ちこぼれの主人公が軍隊に入って自己を確立する”という、ある意味幸せな話ではない。本来はマトモな人生を送れたはずの主人公が周囲の無理解によって阻害され、残された道は従軍しかなかったというシビアな状況を浮き彫りにしている。

 歌手としても活動しているという主演のジェレミー・ポープは好調で、本作でゴールデングローブ賞の主演男優賞候補になっている。イネス役のガブリエル・ユニオンをはじめ、ラウル・カスティーロ、マコール・ロンバルディ、アーロン・ドミンゲス、イーマン・エスファンディら他の面子も良い仕事をしている。
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「空に住む」

2023-09-01 06:09:23 | 映画の感想(さ行)
 2020年作品。2022年に世を去った青山真治監督の最終作だが、彼は「サッド ヴァケイション」(2007年)以来調子を落としており、観る前から期待はしていなかった。だが、実際に作品に接すると想像を上回るほどのヴォルテージの低さで、呆れつつ鑑賞を終えた。だが、そもそもこれはEXILE一派の楽曲とセットで売り出した小説の映画化らしく、誰が監督してもあまり変わらないと思われる御膳立てだったのだ。つまりは作品のコンセプトからして間違っているようなシャシンである。

 小さな出版社に勤める小早川直実は、最近両親を事故で亡くした。それを見かねた叔父夫婦の計らいで、彼女は愛猫のハルと一緒にタワーマンションの高層階で暮らし始める。ある日、直実は人気俳優の時戸森則が同じマンションに住んでいることを知る。成り行きで彼と付き合うことになった直実だが、仕事上も一筋縄ではいかない案件を抱えている身としては、落ち着かない毎日を送る。



 まず、なぜヒロインが高級マンションに住まなければならないのか、明確な理由が示されないのは不満だ。いくら叔父夫婦の誘いがあっても、それまで住んでいた場所から移る道理は無い。これでは単に“オシャレなところに住みたかった”という下世話な背景しか浮かび上がってこない。しかも、このマンションはバブル時代を思わせる金満趣味全開の造形で、対して主人公の勤務先は古民家を改造したようなレトロな佇まいと、まさに“遅れてきたトレンディ・ドラマ”のような建付けであり、観ていて気恥ずかしくなってくる。

 優柔不断なヒロインをはじめ、出て来る連中がすべて中身がカラッポだ。特に時戸森則のチャラさは言語道断で、演じているのがくだんの一派に属する岩田剛典。仲間と共に主題歌も担当している関係上、演技指導など最初から必要ないとばかりに大根路線をひた走る。ストーリーはどうでもいい展開を経て、どうでもいい結末に行き着く。

 主演の多部未華子をはじめ、岸井ゆきのに美村里江、鶴見辰吾、大森南朋、永瀬正敏、柄本明といった(岩田を除けば)悪くないキャストを集めているが、機能していない。いくら不調とはいえ、かつては先鋭的な作品をいくつか手掛け高い評価を得ていた青山監督が、この程度の映画でキャリアを終えてしまったのは残念だ。
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