法輪寺 生駒郡斑鳩町三井1570 当寺の創建には二説が伝えられている ひとつは(622)聖徳太子がご病気になられた折、太子の御子山背大兄王がその子由義王らとともに太子のご病気平癒を願って建立されたという説(巻子本『聖徳太子伝私記』引用の『寺家縁起』)、もうひとつは、(670)の斑鳩寺焼失後、百済開法師・圓明法師、下氷新物三人が合力して造寺したとする説(『聖徳太子伝暦』『上宮聖徳太子伝補闕記』)
1944年7月21日、落雷により焼失。避雷針は太平洋戦争中の金属供出で撤去されていた。現在の塔は1975年、作家の幸田文らの尽力により集められた寄金で西岡常一棟梁が再建したもの。消失前は国宝だったが、再建のため国宝ではない
三重塔
金堂
講堂
聖天堂
妙見堂
薬師如来
虚空蔵菩薩
十一面観音菩薩
会津弥一句碑 「くわんのん の しろき ひたひ に やうらくの
かげ うごかして かぜ わたる みゆ」
地蔵堂
「赤染の井(史跡・三井)」
聖徳太子の3つの井戸の一角