2015年4月14日 ルナロッサの怒り その1

2015年04月14日 | 風の旅人日乗
イタリアのPradaをメインスポンサーとする
チーム・ルナロッサが



突然次回アメリカズカップからの
撤退を発表して以来、
欧州のアメリカズカップファンの間で、
様々な意見や情報が飛び交っている。

多くは、
防衛側やアメリカズカップ運営サイドに
関連する意見だ。


もともとアメリカズカップの歴史は、
防衛サイドに有利になるような
仕組みで始まった。



1851年、
アメリカ号がニューポートに
のちにアメリカズカップと
呼ばれるようになったカップを
持ち帰って以来、
アメリカは132年の長きに渡って
そのカップを保持し続けた。



その132年間の連戦連勝の歴史の終盤に
12メートルクラスが採用されるまで、
ヨーロッパからの挑戦艇は
自力回航して、
レース場であるニューポートまで
大西洋を渡ってこなければならなかった。

当然挑戦艇は、
北大西洋を渡るのに充分な
シーワージネスのある艇でなければならなかったし、
クルーの食事を作るキッチン設備も、コックも、
クルー全員の寝床も
備えていなければならなかった。

それを地元ニューポートで迎え撃つ防衛艇は、
ストリップアウトした超軽量艇。
頑丈一点張りの挑戦艇が、
敵うわけもなかった。
防衛側は自らの優位性を謳歌した。

(この項、明日も続いて書きます。)