好きなことにぞっこん

花に癒され、永井龍雲の歌声に癒されています

チャリティ活動

2014-06-29 08:31:41 | 音楽

 我らがイケメン講師が活発に演奏活動をしています。門下生(?)としては、演奏会のパンフを見せられたら、何回に1回は行かざるを得ません。いえ、行けば必ず得るものがあり、決してイヤではないのですよ。

 関係者が多いのでしょうね。飛び込みで来られる方は少なさそう・・

 今回は外国人ピアノ奏者と日本人のソプラノ歌手とフルートとのコラボで演奏会が催されました。

 宗教関係の会場で、普段足を踏み入れる事のない場所の感覚は新鮮でした。演奏者との距離も近く、生音の迫力に圧倒され、また演者のバックグラウンドも垣間見えたような気がします。

 演奏だけでバックグラウンドが見えるはずないでしょう、と思われるでしょうが、世にチャリティを謳っていも、どこまでがどうなのか、知る由がないのがフツーですよね。

 それが我がイケメン講師、何と家族総動員で参加し、また売上金の支援先きの外国の当事者も謝辞を述べ、活用報告があったのです。ボランティアでと言われておりましたが、何年にも亘り続けていると言う事実も知りました。奇特な方々です。

 

 そうそう、余談ですが、隣に和服に羽織を来た男性が一人で座っていました。前のめりで拍手はするは声かけもするので、チラリどんな方かと横顔を見てみました。同年輩くらいでしょう。

 しばらくして、突然声を掛けられ”すみません。私が居眠りをして鼾(いびき)をかきだしたら、膝を突っついて起してください”と言われました。

 笑って”はい”と応えましたが、途中、そんなシチエシーョンが無いでもなかったのですが、できませんでした。(^o^)

 

 世のため人のために生きると言う高邁な精神は、宗教観の下に生まれることも多いようです。日本人は単なる寄付がなかなかできない民族性のようです。

 日本人だって災害があれば、ボランティア参加や、募金に進んで応じる人が多いと思いますが、やはり国民全体の割合からは多くはないでしょう。まして継続しでいる方は少ないようです。かく言う私もそのうちの一人です。

 

 外国人のボランティアに頼るより、先に自国で立て直しの努力をしてよ。あるいはもっと根幹の国の内乱を治めて、と思うのは平和な民主主義の国の日本人の思うところなんでしょうか・・

  そのためには教育。子供を正しい道に導けば、10年15年後には必ず国は変わってくるはず。決して長い時間ではないでしょう。がその前に生きる事。飲み水が無いらしいのです。だから外国人のボランティアも必要なんでしょうね。 

 

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« お疲れ様でした | トップ | 負けそう »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

音楽」カテゴリの最新記事