☆ようやくの思いで歩いてくれたが
昨日31日は、シェラにとっても家人にとっても苦しく、辛い一日だった。
完全に立てない、歩けないという状態になってはいないシェラだが、ときおり、立てなくなり、むろん、歩けなくなってしまうことがある。昨日の朝の散歩がそれに近かった。
ぼくが促しても、散歩にいく意志さえもう失くしてしまったのではないかと思えるほど身体を動かさない。強引にハーネスを着け、抱きかかえてクレートに入れた。外へ出ればなんとか動いてくれるのではないかというかすかな望みに賭けた。
ルイをどうするか迷ったが、やっぱり横にノーテンキなルイがいるほうが刺激になるだろうと思い、一緒に連れ出した。それがどんなに苦労するかは承知の上である。動かないシェラの面倒をみながら、一瞬たりともじっとしていないルイを操らなくてはならない。しかも、シェラへの「遊ぼう攻撃」は断じて阻止しなくてはならない。
だが、やっぱりそんなルイが一緒だったせいか、外へ出たシェラはもがくようにクレートから出てソロリと立ち上がった。足をとられながら30メートルほどをゆっくり歩き、駐車場の砂利の上でオシッコをした。前の晩に出しているとはいえ、それでもやっぱり量が少ない。
ほどなく、ウンコの体勢をとる。しぼり出すようにしてほんの申し訳程度が地面にこぼれたがそれきりだった。便意はあるらしく、倒れそうになりながらけんめいに背中を丸めて力んでいる。いまのシェラには限界を超えた長さだった。とうとうお尻から座り込み、悲しげに低く鳴いた。
「もういい。もういいから、シェラ、帰ろう」
ぼくはシェラを抱き上げた。
泊まってくれたせがれからの話によると、早暁、家のリビングで下痢便を出しているからしかたないのかもしれない(昨夜、あらためてせがれから聞いた話によると、朝方、彼が風呂へ入っているとシェラが、苦しげに鳴いたそうである。あわてて風呂から出てみるとリビングの床の上に排泄していたという)。
☆家人からの辛いメール
会社での昼休み、ケータイに家人からメールがきた。
「時間があったら電話ください」(12:16)とある。緊張しながら電話をすると、シェラの下痢がひどくて、何度か外へ連れていっているが、なかなかウンコが出てくれないらしい。しかも、クレートの中で漏らしてしまってもいるという。病院へ電話をしてみたら、腎不全の末期に起こりうる症状なので連れてきてくれれば下痢止めの注射をしてくれるそうだ。
家人は、ぼくに早く帰ってきてほしいのだろうが、4時から恵比寿でどうしても外せない緊急案件のミーティングを予定している。「とにかく、ミーティングを早めに終えて帰るようにするから……」 としかぼくには答えようがなかった。
「シェラちゃんが、『お母さん、苦しいよォ! 出ちゃうよォ!』って籠(クレート)の中で辛そうな声で訴えてお漏らししてるの。外へいかなくてもベランダでやっていいわよって出してもやらないのよ。『早く外へ連れてって!』って鳴くの。もう、もう、かわいそうで、かわいそうで……」
当事者の家人も辛いが、それを聞いてすぐに帰ってやれないぼくも別の辛さがある。もちろん、もっと苦しんでいるのはシェラなのだが。
☆「もうあなたの帰りを待っていられません」
午後2時36分、再びケータイにメールがきた。シェラの様子がますますひどくなっており、ぼくの帰りを待ってはいられないのでせがれに会社から帰ってきてもらうよう頼んだという。
病院へはクルマで行かなくてはならない距離であり、家人は運転できない。家人が運転できたとしても、20キログラムのシェラを彼女が運ぶのはとうてい無理だろう。
5分後に状況説明の追加メールがくる。
「かなりかわいそう!遠慮がちなんで、たいてい間に合わなくて籠のなかやら玄関やらで、大変です。ウェスがあったら助かるけど、もう残り少ないの」
悲惨な状況が目に浮かぶ。日曜日に、こんな事態もありうるからとホームセンターでウェス(ボロ布)の1キログラム入りを一個買ってきてあった。それを今日のわずかな時間で使い尽くしつつあるらしい。ぼくはすぐに電話をかけ、もし、ウェスが足りなくなったらぼくのアンダーシャツを使うようにと指示した。
ぼくが家に帰り着いたのは午後7時を少し過ぎた時刻だった。マンションの前で散歩から帰ってきたルイとせがれに会う。家では病院での注射ですでに落ち着いたシェラが顔を上げてぼくを迎えてくれた。
いかにも疲れ果て、もう、立つ余力は残っていないのが見て取れる。そんなシェラの首を抱き、「シェラ、疲れたろ。大変だったね」と今日の悲劇をいたわった。
☆ずっとそばにいたいのに……
着ていたスーツをソファの上に脱ぎ捨て、普段着に着替えるとぼくはすぐにホームセンターにクルマを走らせた。念のために1キログラムのウェスを二袋と紙おむつを買うためである。どちらもシェラのためにはもう使わないかもしれない。それでも万一のためにと買った。
夕飯を食べながら一日の顛末を聞いた。電話をかけたとき、先生から、「便に血が混じっていませんでしたか?」とまず訊かれたそうである。下血が末期の症状のひとつなのかもしれない。下痢の原因は、尿毒症からきているという。ますます口臭がひどくなっているから腎不全が進行しているのは覚悟していた。
まったく食欲を失くしているシェラだが、夜、ぼくがおやつをやると食べた。野菜入りの鶏ささみのやわらかいスティックである。これをちぎってやると二本分食べてくれた。
昨夜もせがれが泊まってくれたが、なんとか朝まで静かに過ぎた。朝の散歩は昨日と同じだった。オシッコはいつもの半分以下、すぐに帰りたがった。朝ごはんはまったく食べない。もう水さえ飲もうとしない。
あと何日かの命になってしまったシェラの死に目には会えないかもしれない。それもしかたないと思っている。もしかしたら、これが最後かもしれないと思いつつ、「シェラ、いってくるからね」といって頭を撫でて玄関へ向かう。
「いってきます」と玄関を出るとき、「会社にいくほうが楽でしょう」と家人が背後でいった。
「朝からそういうイヤミをいうなよ」
「そんなつもりじゃないわよ。いってらっしゃい」という家人の不安げな声を背にぼくは歩き出した。しかし、たしかに会社へいってしまうほうが楽である。
それでも、彼女と代われるものなら最期の瞬間までずっとシェラに付き添っていてやりたいと本心から思う。どんなに手間がかかろうともシェラなら苦痛になるはずがない。17年間、苦楽をともにしてきた紛う方なき大切な家族なのだから。