自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆世界農業遺産の潮流=7=

2012年09月09日 | ⇒トピック往来

  中国・浙江省紹興市で開催された「世界農業遺産の保全と管理に関する国際ワークショップ」(主催:中国政府農業部、国連食糧農業機関、中国科学院)で意外だったのは、中国側からの「中国にあるGIAHSに対する誤った認識」(通訳)という言葉だった。中国では政府主導(中央政府、省政府など)でGIAHSを進めており、「誤った認識」など中国にはないという印象があった。  これについて触れたのは、閔慶文・中国科学院地理科学資源研究所研究員だった。

          GIAHSをめぐる課題の共有について

  閔研究員は、中国のGIAHSの特徴について、1)小規模の自家庭経済型、2)特殊な遺伝子保護型、3)多様性生物共生型、4)優れた景観生態型、5)持続的な水・土地資源利用型、と5つのタイプがあると説明し、中国ではGIAHS地域を奨励し保護するために、1)多主体参画の仕組み、2)動的保全の仕組み、3)生態や文化報償制度、4)有機農業、5)グリーンツーリズムやエコツーリズムなど観光産業を進めていると述べた。その上で、「中国の重要農業文化遺産(GIAHS)の保護に関する誤った認識もある」と述べた。その「誤った認識」とは「現代農業開発との対立」、「農家生活レベル改善との対立」、「農業文化遺産地の開発との対立」との3点だ、と。

  「現代農業開発との対立」とは、農業の生産性を高めるには大規模化や機械化など進める必要があるのにどうして伝統農業や生産性が低い農業を守らなくてはならないのか、という相対する意見。「農家生活レベル改善との対立」は、GIAHSで地域の伝統農業に誇りが持てたとしても当の農作物がブランド化して、農民たちの収入が増え、生活が良くなるのか、若者たちが魅力を感じてその伝統農法を継承してくれるのかという意見。そして、「農業文化遺産地の開発との対立」は、認定区域では伝統的な景観などにこだわり、新たな土地開発ができないのではないかという意見である。閔研究員は、「対話を重ね成果を上げればこうした対立した認識も薄まると思う」と述べた。

  中国側のこうした懸念は実はそのまま日本にも当てはまる。日本では「対立認識」というわけではないが、ある意味、冷ややかな反応がある。「GIAHSは、昔の農業に戻れということか」、「GIAHS栄えて、農業滅ぶ」などは農業関係者からも聞く話である。化学肥料や農薬、除草剤を使わない農業を進めて、生産性が落ちて、それで生物多様性が高まったとして、それは誰のための農業ですか、その農業に未来はあるのですか、と。

  確かに、日本の食料自給率が40%に落ちている。日本の農業を再生させるのが優先なのに、「昔ながら里山の農業」を唱えてみても、どれほどの効果があるのか、「農業ミュージアム」なら理解できる。そもそも農業の大規模化など国際的な取り組みを奨励してきたのは国連の食糧農業機関(FAO)ではないか、と。

  話は変わる。2010年10月、生物多様性条約第10回締約国会議(CBD/COP10)が名古屋市で開催された。そのいくつかのセッションの中で、(財)妻籠を愛する会の理事長、小林俊彦氏の講演の言葉が印象に残っている。「生物多様性条約というのは国際版生類憐みの令だね」。「生類憐みの令」は五代将軍・綱吉が動物愛護を主旨とする60以上の諸政策、法令のこと。綱吉が「犬公方(いぬくぼう)」と陰口されたように専制的な悪法として定着しているが、その保護対象は「猿」「鳥類」「亀」「蛇」「きりぎりす」「松虫から」「いもり」にまで及んでいたとされる。また、捨て子禁止や行き倒れ人保護といった弱者対策が含まれていたという。日本を統一するための戦(いくさ)はとっくに終わっていたものの、あぶれた武士たちによる辻斬りや剣を互いにかざす殺伐とした世相を戒める法で、当時とすれば画期的だったと見直されてる。

  ことし7月、佐渡市で開催された「第2回生物の多様性を育む農業国際会議」(佐渡市など主催)の立食パーティーで地元の農業者の方と話す機会があった。農薬を減らし生き物を増やす田んぼづくりを率先している。「数年前までは反収(1反=約10㌃当たりの米の収穫高)を上げることばかり考えて農業をやっていた。今は生き物を増やす工夫をしながら、おいしいコメをつくることに専念している。トキがうちの田んぼにエサを突きにくることを楽しみにしている。本当の美田というのは生き物がいる、にぎやかな田んぼのことだと気がついた」

 GIAHSが単なる「農業ミュージアム」でないことは生物多様性をその評価の柱に据えていることからも分かる。田んぼを生産現場ととらえるのか、自然の恵みの場ととらえるのかによっても農業への視点は異なる。GIAHSの先にあるのは持続可能な農業、あと100年、500年の農業を展望をどう切り拓くのかである。今回のワークショップで日中で共通する課題の共有ができた気がする。

※写真の上、下とも中国・浙江省青田県で

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