かつて「ローカル局の炭焼き小屋論」がテレビ業界にあった。2000年12月にNHKと東京キー局などBSデジタル放送を開始したが、このBSデジタル放送をめぐってローカル局から反対論が沸き上がった。放送衛星を通じて全国津々浦々に東京キー局の電波が流れると、系列のローカル局は田舎で黙々と煙(電波)を出す「炭焼き小屋」のように時代に取り残されてしまう、といった憂慮だった。
~ ローカル発の「ネット受け」番組のチャンス ~
ローカル局には放送法で「県域」というものがあり、放送免許は基本的に県単位で1波、あるいは数県で1波が割り与えられている。1波とは、東京キー局(日本テレビ、テレビ朝日、TBS、フジテレビ、テレビ東京)の系列ローカル局のこと。その電波が隣県に飛ばないよう電波塔の向きなども工夫している。結局、BSデジタル放送問題ははキー局の地上波番組をそのまま同時再送信するような放送を避けて、独自色のある番組を放送することで、「炭焼き小屋論」は杞憂に終わった。今回の放送とネットの同時配信では、「炭焼き小屋論」が再燃するかもしれない。 そもそもなぜ同時配信がイギリスやアメリカに後れをとったのか。3つのハードルがあった。
一つには著作権の処理の問題がある。日本の著作権処理は細かすぎる。テレビ番組を制作し放送する権利処理と、その番組をネットで配信する権利処理は別建てとなる。ドラマの場合は出演者、原作者、脚本家、テーマ曲の作詞家、作曲家、テーマ曲を歌った歌手、CDを製作した会社、番組内で使用した全ての楽曲の権利者など、全ての権利者の許諾を取らなければならない。番組は「著作権の塊(かたまり)」でもある。スポーツ番組も放送する権利と配信権があるなどややこしい。これを同時配信するとなるとネット分が著作権料が上乗せされるので、同時配信のビジネスモデルが確立されてないとかなりの負担になる。放送のビジネスモデルは視聴率だが、ネット配信のビジネスモデルはアクセス数による広告料でしかない。
次のことが、冒頭の「炭焼き小屋論」に直結する。ネット動画に接続できる機能を備えたテレビ受像機は今では普通だ。東京キー局が番組をそのまま全国にネット配信すると、同じ系列局のローカル局の番組を視聴せずに、ダイレクトにキー局の番組を見るようになるかもしれない。また、県によっては民放局が2局、あるいは3局しかないところがあり、他のキー局の番組がネットで配信されると、県域のローカル局を視聴する比率が落ち込むことになりかねない。キー局による、ローカル視聴率のストロー現象が起こりかねないのだ。
三つめは設備のコストだ。ネット配信となると、ローカル局でも数十万件のアクセスを想定した動画サーバーや回線を確保しなけらばならず、ネット配信自体にコストがかかる。キー局や準キー局ならばコスト負担に耐えられるかもしれないが、ローカル局に余力はあるだろうか。
以上のようなことを想定すると民放全体として同時配信に踏み切れるかどうかだが、個人的には同時配信に踏み切るチャンスだと言いたい。ここからは持論だ。逆にローカル局が番組をネット配信をすることで、首都圏や遠方の他県に住む出身者に「ふるさと」をアピールできるのではないだろうか。出身者でなくても、地域の魅力があふれる面白い番組は全国から視聴される。北海道テレビのバラエティ番組『水曜どうでしょう』などはローカル発全国の先鞭をつけた番組だった。ローカル局によるローカルのためローカル番組ではなく、ローカル局によるローカルのための全国ネット番組を制作するのだ。
ローカル局には「ネット上げ」という言葉がある。キー局が全国ニュースとして取り上げてくれるニュースや特集、あるいは番組のことを指す。同時配信なので、「ネット上げ」だけでなく「ネット受け」を意識した番組を制作してほしい。同時配信は地域の話題や課題をローカルだけではなく、全国発信するチャンスではないだろうか。
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