自在コラム

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☆「トキが舞う能登」を震災復興のシンボルに 環境省が本州で初の放鳥へ

2025年02月15日 | ⇒トピック往来

  きょうの金沢は朝から晴天。予報だと、気温は10度まで上がるようだ。そして、あす16日はさらに12度まで。雪国に住んでいるとうれしくなる数値だ。雪が溶けるから。朝8時ごろ、近所の人が一人、二人と出てきて、「積み雪くずし」が始まった。玄関の前などの除雪で積み上げた雪を今度は崩す作業だ。気温が10度に上がったとしても、積み上げた雪はそう簡単に溶けない。なので、スコップを入れてカタチを崩すことで、空気の熱が雪の表面に広く伝わり、溶けるのを加速させる。あるいは、太陽光で熱を帯びたコンクリートやアスファルトの表面に崩した雪を散らす。雪を溶かす作業は意外と楽しめる。

  話は変わる。環境省はきのうトキ野生復帰検討会を開催し、国の特別天然記念物のトキの放鳥を2026年度上半期をめどに能登地域で行うことを決めた(14日付・環境省公式サイト「報道発表資料」)。本州でのトキの放鳥は初めてとなる。環境省は本州における「トキと共生する里地づくり取組地域」にを目指す自治体を2022年度に公募し、能登と島根県出雲市の2地域を選定していた。今回のトキ野生復帰検討会で能登が野生復帰をするに足るだけの自然的、社会的環境と地域体制が着実に整備されていると認め、来年度の放鳥が正式に決まった。(※写真は、輪島市三井町洲衛の空を舞うトキ=1957年、岩田秀男氏撮影)

  能登でのトキ放鳥は深いつながりがある。かつて、「本州で最後の一羽」と呼ばれたトキが能登にいた。「能里(のり)」という愛称で呼ばれていた。オス鳥だった。能登には大きな河川がなく、山の中腹にため池をつくり、田んぼの水を蓄えていた。そのため池にはトキが大好物のドジョウやカエルなどなどが豊富にいた。能登半島の中ほどにある眉丈山では、1961年に5羽のトキが確認されている。そのころ、田んぼでついばむエサが農薬にまみれていた。このため、1970年に能里が本州で最後の一羽となる。当時、新潟県佐渡には環境省のトキ保護センターが設置させていて、能里は人工繁殖のために佐渡に送られた。ところが、翌年1971年3月、鳥かごのケージの金網で口ばしを損傷したことが原因で死んでしまう。

  こうしたいきさつから能登ではトキへの思い入れがあり、石川県と能登9市町は環境省の本州でのトキ放鳥に熱心に動いてきた。国連が定める「国際生物多様性の日」である5月22日を「いしかわトキの日」と決め、県民のモチベーションを盛り上げている、県は能登でのトキの放鳥に向けた「ロードマップ」案を独自に作成。トキが生息できる環境整備として700㌶の餌場を確保するため、化学肥料や農薬を使わない水田など「モデル地区」を設けて生き物調査を行い、拡充を図っている。こうした取り組みが環境省で評価され、能登での放鳥の段取りがスムーズに進んだようだ。

  能登半島地震の災害からの復興のために石川県が提示した『創造的復興リーディングプロジェクト』の13の取り組みの中に、「トキが舞う能登の実現」が盛り込まれている。トキが舞う能登を震災復興のシンボルとしたい。その思いが動き出す。

⇒15日(土)夕・金沢の天気     はれ

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