金沢大学の共通教育授業で「いしかわ新情報書府学」という科目を担当している。石川県が進めてきた「石川新情報書府」事業の授業版を県と連携して、2009年から導入して、ことしで5年目となる。受講する学生は200人を超える。石川県は日本列島のちょうど真ん中にあり、人口も面積も日本全体の1%という県でありながら、ある意味で「とがった県」だ。この場合は個性的と意味付けしたい。輪島塗や山中漆器、九谷焼、加賀友禅に代表される伝統工芸、能楽や邦楽、舞踊といった伝統芸能など世界に誇れる文化資源が豊富にあり、日本海に突き出た能登半島、霊峰と称される白山、そして加賀百万石と呼ばれた江戸時代の政治、経済、文化の名残が色濃く残る。
石川新情報書府のネーミングは、江戸時代の儒学者・新井白石が加賀藩の文化の高さや蔵書の多さを絶賛して、「加賀は天下の書府なり」と称したことからこの事業名になった。この事業は、現代版の新情報書府を構築しようと県内の産業や文化や自然を映像化、デジタル情報化して次世代に継承する、あるいは世界に向けて発信するものだ。授業では、県が作成したDVDを学生たちに視聴してもらい、その後、映像に出演する関係者に講義をしてもらうという、映像と語りで学ぶ授業だ。先日、「とがった人」に講義に来ていただいた。パテシエの辻口博啓氏。辻口氏は、新情報書府の映像シリーズでは、『加賀〝茶の湯″物語』の作品で、スイーツと抹茶を融合した新たな茶会を提案している。昨年に続き、2度目の登壇。
最初、講義出演の交渉した折、スイーツのことだけではなく、文化としてのスイーツを語ってください、とお願いした。その返事は明快だった。「スイーツという言葉は日本だけにしか通じない言葉なんです。でも、そのスイーツが香港などアジアに広がっています。日本人が創造するお菓子の概念を文化として広めてみたいと考えています。そのおおいなる試みに、金沢の茶道文化や和菓子がとても参考になります。授業では、そのような話をしたいと思います」
今回の授業で、辻口氏は世界最大のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」(パリ・10月31日)でグランプリ「板チョコ5枚+☆」を獲得したことの裏話を披露した。同賞は、フランスの評論家らの団体が毎年6月に行う品評会で最高位格付け「板チョコ5枚」を獲得したチョコ職人20人の中から、特に優れた12人前後を表彰するもの。今回初出品の辻口氏の出品作はサンショウやユズといった素材を使用した。講義で話したことは、「これは日本のハイテク技術で得た、グランプリなのです」と。カカオ豆やそのほかの素材をナノの粒子にまで粉砕して、それをチョコにした。すると、歯さわり、ふくよかな香りが広がり、チョコの可能性をさらに高めた、という。まさに「ナノ・ショコラ」。チョコレートの伝統の技術に上に、さらに製造技術としてハイテクを駆使する。このイノベーションがグランプリに輝いた。「問題はコミュニケーション能力なのです。オレの腕が一番と職人技にこだわる必要はない。いかにスイーツの価値を高めるか、なんです。そのためにいろいろな人々と話し合い、工夫を凝らすことです」と。
学生たちは驚いたのは、高齢者やあごに障害があり、噛むことができない人たちのためのスイーツを、小麦粉アレルギーの人々のために米粉のスイーツを製造していることだ。「能登はやさしや土までも」の文化風土で育まれた精神性、そしてその先進性が学生たちを感動させたいのは言うまでもない。
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