目次
第1回: 迷いに迷って
第2回: 面接の通知書を忘れた
第3回: 面接の結果
第4回: 思わぬ成果
余談: 忘れてた
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クレジットカード会社から請求書が来ました。明細を見ると、2月20日に小額の買い物をしていました。
何を買ったっけ?
思い出しました。履歴書の用紙でした。
思えば、2月はずいぶん心の変化が大きい月でした。
2月の初めは、求人情報誌をもらってきたりしていました。この頃は、社会復帰したいという思いと、世間に出るのが怖い思いが交錯していました。
世間に出るということは、多くの人と接すること。不安は大きいです。
私は性同一性障害 (GID) を抱えています。現在は女性として生活していますが、もともとは男の子の体で生まれてきました。何らかのきっかけで元の性別が表ざたになって、好奇の視線にさらされたり、変なうわさが流れたりしないでしょうか。この不安は、いつも私の心を縛ります。過去に、何度も嫌な経験をしてきましたから。
そんな中、求人広告を見つけました。書かれていた仕事内容に興味を引かれました。広告の末尾には、問い合わせ先として電話番号が書かれていました。
この仕事をしてみたくなりましたが、迷いました。
私が社会に出ていいんだろうか。性別を変えた、欠陥商品みたいなものが人前に出ていいんだろうか。
新しい仕事は、本業とのダブルワークになります。両立できるかも不安でした。
丸一日悩みました。
結局、その日は電話をしませんでした。
翌日は外出の予定が入っていました。出かける前に問い合わせの電話をしようか、また迷いました。
電話の前で迷いました。
迷っているうちにも時間はどんどん過ぎていきます。
あっという間に30分ほど経ってしまいました。
迷いに迷い、電話する勇気が出ずに、そのまま外出しました。
帰ってから、電話しようか見送ろうか、また迷いました。
「今こそ踏み出すべき」と言う自分。
「やめときなよ」と言う自分。
いろいろなことに挑戦するのをためらっている私を見て友達が言った言葉も思い出しました。
「相手の基準に合えばいいんでしょ? 採用するかどうか判断するのは相手なんだから」
確かにその通りです。自分で「どうせダメだ」と結論を出してもいけません。でも……
求人広告を見つける1週間前は、死ぬことばかり考えていました。どうせ死ぬなら、最後に賭 (か) けとして求人に応募するのもひとつの手です。死のう死のうと言っていたのですから、身動きがとれなくなっても死ぬだけのことです。でも……
電話の前で、また迷いました。
迷って、迷って、迷って……
30分ほど迷って、決めました。
メモ用紙を引き寄せました。右手にペンを取りました。受話器を取り、耳に当てました。ボタンを押しました。
電話しました。
「電話するだけだし、まだ応募するわけではないから」と自分に言い聞かせて、電話しました。自分に言い聞かせたのか、ごまかしたのか、だましたのかは分かりません。とにかく、電話をかけました。
担当の人は、応募の要領を丁寧に説明してくれました。
いざ電話してみると、あっけないほど簡単でした。丁重にお礼を言って電話を切った後、妙にテンションが高くなっていました。
「ついに電話しちゃったよ!」
ここまで来たら前に進むしかありません。
近所で履歴書の用紙を買ってきました。翌日、証明写真を撮りました。
社会保険についてもインターネットで調べました。社会保険に加入させられることで、戸籍上の性別が知られたら大変ですから。どうやら、この仕事の勤務条件では社会保険の適用対象外のようです。一安心。世の中には、社会保険に入りたくない人もいるのです。
友達からアドバイスを受けたり、証明写真を撮ったり、職務経歴書を書いたりしているうちに、どんどん気持ちが前向きになっていきました。自分自身、昔は一匹オオカミだと思っていましたし、自分の気持ちはひとりで整理してきましたが、本当は誰かに支えてもらわないと立つこともできないのかも知れません。
履歴書をポストに投函 (とうかん) した後は、まだ採用されてもいないのに、仕事が楽しみで仕方ありませんでした。わくわくした気分が胸いっぱいに広がっていました。「なるようになれ」という気持ちもありました。
書類選考は無事に通過しました。そのときの嬉しかったこと。嬉しさのあまり、友達に速報メールを送りつける有様。
そして面接当日。
(次回に続く)