28年前の早朝・身体を揺らされ、目覚めた。
当時・私は、単身赴任で単身者寮に居た。
すぐさま、家族の要る自宅に電話をする。
「大丈夫か・・?」と、私
「何言ってんの!?其方こそ大丈夫・・?」と、問われた。
云われてみれば、海を隔てた”隣県”での出来事であった。
早めに出社し、情報収集に努めた。
TV放送で、甚大な被害であることが、見て取れた。
災害復旧作業で、職員の派遣要請があった。
宿泊や福利厚生が整っていない事を説明し、参加者を募った。
数名の社員から、意思が示された。
そのうちの一名に、お願いする事とした。
家族を訪れ、奥様からも承諾を得ることが、出来た。
在っては成らない”災害経験”を、副次的に体験した28年前の今日であった。
それにしても、28年の時間が過ぎている事に、感慨深かった。
併せて、入社当時の夏に知り合った”神戸在住”の友人が居た。
しかし、お互いの職場環境から、疎遠になった。
震災を機に、その人の消息が気に成った。
「元気でいてくれ!」と願った。
神戸のラジオ局に、手記を寄稿したが、取り上げられ無かった。
残すは、犠牲者の名簿(神戸市東遊園地の慰霊塔)を確認することしかないか?と、訪れた。
犠牲者名簿には、無かった。
何処かで、元気に活動されている!と、前向きに考える様にした。
この様な事(心配事)は、震災が起きなければ無かった事である。
日本では「何時でも起きる事だ!」と、語り繫いでいかなければ、成らないでしょう。
東日本大震災での、津波の有様とその脅威は、記憶に新しい・・・
災害は、一度では収まらない現実を、知らされた。