手足に障害がある男性と、精神的な障害を抱えた女性の恋愛を描いた映画「パーフェクト・レボリューション」(松本准平監督)で、リリー・フランキーさん演じる主人公クマのモデルになったNPO法人ノアール理事長の熊篠慶彦さん(47)は、真っ赤で派手な車いすの後ろに、映画のポスターを貼った目立つ姿で現れた。通りすがりの人たちが、ポスターをのぞきこむ。「車椅子に乗っているだけでチラ見されるのだから」と、それならあえて目立とうと改造を重ねた自慢の車椅子だ。映画では、熊篠さんの恋愛経験が盛り込まれている。「健常者も障害者も、恋愛の壁は同じ」という熊篠さんに話を聞いた。【中嶋真希】
<“赤い彗星”と名付けた車椅子に乗ってやってきた熊篠さんは、おでこにすり傷を作っていた。その日の朝、車椅子から落ちて救急車を呼ぶ事故があった>
携帯で119番して、「すいません、障害者で車椅子から落っこちて、助けてください」って。おしっこさせてくれ、ベッド乗せてくれって。ベッドの近くまで車椅子運んでもらって……。すり傷だし、たんこぶできてるから大丈夫。
<熊篠さんはバリアフリーのラブホテルに関する情報の発信や手が不自由な人も自慰行為ができるようにする補助器具の開発、障害を持つカップルの添い寝介助など障害者の性を支援する活動をしている。自分でたばこに火をつけ、一服すると段差のないカフェのテラスに入った>
--映画化のきっかけは、松本監督との出会いでした。
松本監督を紹介されて、まずは身の上話。「実は彼女がソープランドで働いていて……」という話をしたら、監督が非常に関心を持ってくれた。監督は障害者と接するのが初めてで、最初は戸惑っていたし、障害者に対する先入観も恐らくあった。それが、彼女がソープランドで、となると、「えっ?」って。彼女がヘルパーさんだったら、よくある話だけどね。
もし映画を作るなら、狭く深いドキュメンタリーっぽい作品にするのか、広く浅くエンタメにするのかという話になった。その真ん中っておもしろくない。猛烈に浅くて、たくさんの人に見てもらって、その中におもしろいエピソードをはさんだほうがいい。「最強のふたり」(車椅子の富豪と移民の介護者の実話を基にした2011年のフランス映画)は、笑うポイントもある。日本では、障害者が主人公のエンタメ的な映画ってない。いくら有名な役者を使っても、どうしてもしんみりとしてしまう。
--「パーフェクト・レボリューション」も笑えて、泣けた。
映画を冷静には見られるけど、客観的には見られない。何割かは実話だから。股関節の手術をした話も実話。まだ知っている人から感想を聞くことが多いから、「良かったですよ」って言われても、ご祝儀的なものじゃないかと考えてしまう。(自身の物語が映画化されたことを)いまだにドッキリじゃないかと思ってる。公開される29日に、(タレントの)野呂圭介さんが登場して、「ドッキリ・大・成・功」ってことにならないよね?
--リリーさんは、インタビューで「障害者を描いているんじゃない」「障害者に『性欲があると知られたら困る』と、そういう思いをさせてるのは健常者だ」という話をしていました。
それを、障害者のぼくが言うと角が立つ。「これは健常者のせいだ」と言えば「お前が言うな」ってなる。リリーさんはさすが。
--障害者だってセックスしたいというセリフが出てきます。一方で“健康な若い男子”は、性欲があって当たり前と思われている。
そうそう。しかも、未婚の男子ね。障害者は(性欲だけでなく、欲しいものを)いちいち表明しないといけない。おなかがすきました。トイレに行きたいです。顔をふいてください。病院や入所施設だったら、決まった時間に対応してくれるから言わなくてもいいけど。(セックスは)余暇活動といえば余暇活動だから、そこをあえて言わなくちゃいけないのは、ハードルが高い。
--しかも社会的には、セックスしたいと大きな声で言ってはいけない。
「そこは内々に。暗がりでね」って。女性の障害者は、さらにその手前の、トイレのこととか、生理のこととかについても言いにくい。
でも、健康な男子がしたがっているかというと、そんなにしたがってない。相手が必要なことだから、めんどくさいんだよね。ゲームしたり、アダルトビデオ(AV)を見たり、一人で楽しめちゃうこといっぱいあるから。
「普通」って何だよ
<映画では、清野菜名さん演じるミツに、クマは猛アタックされる>
--魅力的な女性がたくさん出てきます。
監督いわく、クマはモテ設定。ヘルパーさんも、ちょっと「ホの字」。
--ヘルパーさんは、小池栄子さんが演じています。あんなヘルパーさん、実際には?
いたら最高。いても、ぼくのところには派遣されません。ただ、ヘルパーさんとそういうカップルはできやすい。
--障害の有無に関係なく、恋愛に壁はつきもの。ほかの人と変わらないのでは。
変わらないと思う。健常者も、遠距離恋愛で頻繁に会えなかったり。「普通」っていうけど、何が普通だよって話。
--映画を見た人が、「私もあんなふうに、恋人の車いすの後ろに乗って、階段ぶっ飛ばしたい」と妄想してくれるかも。
階段は勘弁してください。うん、妄想してくれたらいいね。
優越感に浸りたい
<映画でリリーさんが乗っている車椅子は、熊篠さんが実際に使っているもの。くるくると回るLEDライトが地面を照らしたり、後ろに乗れる台がついていたりと、まるでびっくり箱>
--最近、熊篠さんのようなデコ車いすをよく見かけるようになりました。
ネオンチューブをつけている人もいるね。ロープみたいに曲げても光るし、電動車椅子ならバッテリーから電源とれるから、車椅子にぐるんぐるんに巻いて。手動の車椅子で前輪が光るのもあるよ。フレームがラメ塗装とか。
たぶん、そういう「余計なこと」も取り扱う業者が増えているから。以前は、車椅子は黒か青しかなかった。シートの生地だって、チェック柄とか、「えー、選択肢これしかないの?」。今は、子供用の車椅子にディズニーのカバーがついてたりとかさ。無機質よりいいよね。
--目立つほうがおもしろい。
目立たなくても、車椅子ってだけでチラ見される。どうせチラ見されるなら、うらやましさがあったほうが、優越感に浸れる。後ろに人を乗っけて走っていると、前から見ると車椅子を押しているように見えるんだよ。でも、「え、乗ってるんだ」って驚かれる。これ、横にも座れるんだよ。今、中古の車椅子を買って改造中。今度は青い車椅子だから、通称「青い稲妻」。また結構改造してるよ。
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映画「パーフェクト・レボリューション」は、TOHOシネマズ新宿ほかで全国公開中。
毎日新聞 2017年9月29日