猫じじいのブログ

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ガルブレイスの『ゆたかな社会 決定版』と2000年頃の世界

2021-04-10 23:04:42 | 経済思想


おととい、ひさしぶりに本を買った。J. K. ガルブレイスの『ゆたかな社会 決定版』(岩波現代文庫)である。

ガルブレイスの著作『ガルブレイスの大恐慌』を読んだのは、まだ外資系IT会社に務めていたころ、2000年頃だと思う。そのころ、確率モデルにもとづくコンピューター高速株式取引がはやっていて、私はアメリカで、世界の大金融会社の重役を招いて話を聞いたり、シカゴの証券取引場システム構築の担当者と議論したりしていた。そのとき、1930年代の大恐慌の教訓として禁じられたとガルブレイスが書いていたことを、金融ビッグバンという名目で、みんな破っていて、大丈夫かなと不安に思ったことを覚えている。

そのころ、すでに、アメリカの銀行は通常の金融業では儲からなくなり、金融業界全体がギャンブル化していた。2000年の夏にアメリカではIT株のバブルがはじけ、つぎに、バイオテクノロジー株にバブルが仕掛けられたが、腰砕けになった。金融界のつぎの儲け話は、リスクの高い社積や個人の借金を混ぜ合わせて金融商品化であった。その結果、起きたのが2008年のリーマンショックだった。

金融界は、これにこりず、今年また、投資ファンドに貸した金が取り戻せず、大損失を出している。大恐慌の教訓を無視したフリードマンらの金融規制緩和が誤りだったことを反省しない各国政府に、いらだつ。

ガルブレイスの『ゆたかな社会 決定版』を読むと、彼は数理モデルを立てるのではなく、経済活動にかかわる人間の行動の背景にある心理を考えることで、経済法則をとらえようとしている。2000年頃の私は、確率モデルで経済をとらえようとしたが、人間の心は社会環境や偶然の出来事によって変わっていくので、確率モデルの仮定が時代と共に変えていく必要が生じる。すなわち、確率モデルによる金融取引は、ほんの少し先のことしか、成功しないのだ。これが、金融会社が大型高速コンピューターを買って、高速取引に勝負をかける理由だった。もちろん、大型高速コンピュータには、新聞記事にのるような会社の人事情報や政府の動きや国際紛争なども入力され、株価予測に使われた。

ガルブレイスは、『ゆたかな社会』のなかで、過去の人間行動の法則化を「通念(conventional wisdom)」と呼んで、経済学は陳腐化すると言っている。人類は長い間貧困のなかにあったが、アメリカは戦後ゆたかな社会になった。だから、経済学の考えも変えないといけない、というのが、彼の主張である。

本を買った直接的な理由は、図書館でちょっと読んだとき、彼がカール・マルクスの経済学を評価していたからである。もっと読みたかったが、図書館からすでに上限の6冊を借りており、帰り道に本屋によって買った。

ガルブレイスは、マルクスが経済学主流のデイヴィッド・リカードの理論を引き継いでいるという。主流派の鉄則は、豊かな者はますます豊かになり、貧しい者は貧しくなるということである。ところが、本書をはじめてだした1958年、アメリカ社会では、貧しい者が少数者になり、政治家が、票にならない貧しい者を見捨てるようになっていた。これが、本書を書くガルブレイスの動機になったようである。すなわち、アメリカが「ゆたかな社会」になったから、これで良いのではなく、「ゆたかな社会」になったからこそ貧困撲滅にとりかかるべきだと彼は考える。実際、ジョン・F・ケネディ、リンドン・ジョンソンの貧困撲滅政策に貢献した。

ガルブレイスはその40年後、本書の大幅な改定を行った。それが、日本版の表題に「決定版」が加わった理由である。英語版のタイトルでは、“The Affluent Society, New Edition”である。

いま読んでいるところでは、ガルブレイスは、経済のグローバル化を考慮のなかに入れていないようにみえる。2000年ごろには、会社の中でグローバル化が言われ、これからは中国が世界の消費市場に加わる、と期待された。1980年代に「ジャパン・イズ・ナンバーワン」と言われたことなど、もう忘れ去られていた。