猫じじいのブログ

子どもたちや若者や弱者のために役立てばと、人権、思想、宗教、政治、教育、科学、精神医学について、自分の考えを述べます。

合意があってもなくても、トリチウム汚染水の海洋放出に反対

2021-05-12 23:25:41 | 原発を考える
 
きのう、朝日新聞に『(耕論)合意なき海洋放出』というタイトルで3人のインタビュー記事が載ったが、自民党の衆議院議員の山本拓が一番 本質をついていたと私は思う。
 
彼によると、菅政権の福島第1原発汚染水の海洋放出決定の前に、自民党の総合エネルギー戦略調査会への事前報告すら、なかったという。菅義偉は、首相になれば、与党にもはからないで、自分の一存だけで、海洋放出できると思っている。
 
そして、それ以上に問題なのは、2015年に政府と全国漁業協同組合連合会と結んだ合意「関係者の理解を得ながら対策を行い、海洋への安易な放出を行わない」を菅政権は反故にしたのだ。
 
山本は、処理水の放出と言える代物でないことを指摘している。福島第1原発のタンクの水はトリチウムが残っているだけでなく、ALPSで取り除くことのできなかったセシウムやストロンチウムなどの放射性物質が基準値を超えて残っている。もう一度ALPSを通せば、取り除けるなら、なぜ、取り除いて、トリチウム水としてタンクの中に保存しておかないのか。東芝のALPSの性能の問題でそこまでできないからである。
 
山本は、菅政権が、この汚染水を平均500倍に薄めて、海洋放出するというが、放出する放射性物質の総量は変わらない、と指摘する。山本は、生態系への影響を政府が科学的な評価を行っていない、という。政府の主張は、「ほかもやっている」、「IAEAも支持している」しかない。しかし、IAEAは原発推進国際機関である。原発推進のためには、海洋放出を禁止するという先例を作ると、IAEAは困るのである。利害関係者であり、そんな奴が根拠も見せずに言うことを信用して聞くわけにいかない。
 
海洋放出で、トリチウムが薄まるというのは神話である。大気中のトリチウム濃度は、人類が原子の火(核分裂連鎖反応)が手にしてから、以前の数倍になっている。二酸化炭素濃度の増加の比ではない。トリチウム水を放出することは自然環境破壊である。大気や海洋は有限であり、世界の原発が放出つづければ、汚染濃度は上がり続ける。
 
原発がトリチウムの放出をしないようにするのが、現在の世界の流れで、「ほかの原発がトリチウムを放出しているから」と言ってしまったら、泥棒の居直りと同じである。
 
山本は、第1原発の原子炉建屋の地下に外から水が流れ込まないようにすれば新たな汚染水の発生が抑えることができると指摘している。政府も東電もIAEAも、8年前にそう言っており、壁を作る予定だった。そして、東電は安上がりだと言って、凍土壁を選択した。しかし、凍土壁は1日140トンの地下水を通してしまうことがわかった。
 
どうして、ここからやり直せないのか、国民に説明する責任が東電と政府にあると、山本はいう。
 
私が山本拓の指摘に加えて言いたいのは、放出するにも地層注入というやり方があり、どうしてその方法が選択されなかったのか、いぶかる。金銭的な理由かと思ったら、そうでもない。政府の見積もりでは、177から180億円で、2500メートル地下の砂岩層に注入できるという。アベノマスクの契約金は260臆円である。アベノマスクより安い費用で自然環境破壊が避けられるのだ。
 
政府と東電は海洋放出による風評被害には賠償金を払うというが、本当にその気があるのか、疑ってしまう。原子炉建屋の周りに防水壁を作るとか、地層注入するとかの手があるのに、17億から34臆円と安上がりだから、汚染水を薄めて海洋に放出するという政府・東電に、そもそも誠意があると思えない。
 
原発の公害問題の専門家、小出裕章によれば、政府がトリチウムの海洋放出に固執するのは、使用済みの核燃料の再処理施設を動かしたいからであるという。原発から放出されないように閉じ込めていたトリチウムが再処理の段階で大量に放出されるから、そのために大量のトリチウムの海洋放出の先例を作りたいからだという。
 
使用済み核燃料の再処理に河野太郎は反対していたが、菅義偉の配下にはいってから反対の声が小さくなっている。バカ殿の菅に気を使う必要がないと思う。再処理施設の稼働をスムーズに通すために、トリチウム水の海洋放出がなされるとは、最悪の選択である。海洋放出に絶対に反対する。