猫じじいのブログ

子どもたちや若者や弱者のために役立てばと、人権、思想、宗教、政治、教育、科学、精神医学について、自分の考えを述べます。

中村かれんの「べてるの家」、耕平 UFO事件の物語

2020-06-21 23:06:46 | こころの病(やまい)

中村かれんの『クレイジー・イン・ジャパン べてるの家のエスノグラフィ』に、「耕平 UFO事件」の物語がある。

「耕平」とは、1971年生まれの「べてる」のメンバー、山根耕平のことである。「UFO事件」とは、彼が「べてる」にやってきて2ヵ月目の2002年1月に、「地球と会社を救うために、襟裳岬からUFOに乗って……」という声を聞き、宇宙船に乗ろうとした事件である。

バッグに荷物を詰めた山根耕平が、浦河から襟裳岬への行き方がわからず、ウロウロしていたところを、「べてる」のメンバーが、たまたま、見かけた。幻聴と妄想だと気づき、そのメンバーは、「べてる」の仲間のところに彼を連れて行った。

みんなは、彼が厳冬の襟裳岬にひとりで行くことに心配して、「今の季節、襟裳岬は氷点下十何度だよ」「宇宙船の着陸、難しいんじゃない」と言っても、本人は問題とせず、また、「宇宙船は何人乗りなの?」とか、「何色なの?」とか、「どんな形をしているの?」とかの質問に本人は答えていた。

ところが、ひとりが、「山根さん、浦河では宇宙船に乗るのに免許証が必要だって知ってた?」と言いだし、多数決を取ることになった。本人以外はみんな、「免許証が必要」に手をあげた。それで、本人も免許証が必要だと思いこみ、免許証を発行してくれる「川村宇宙センター」に行くことになった。浦河日赤病院の川村医師のところである。

山根は「宇宙センター」で「地球と会社を救うために、宇宙船に乗せてください」と言うと、川村医師がうーんと考えこんで、「山根君より2、3年前に同じく宇宙船に乗ろうとして、2階の窓からクリスマスイブに転げ落ちて、足の骨を折り、はって病院に来た人がいる。今のまま山根君を襟裳岬に行かせてしまうと、そうなりそうだから、ちょっと休んでいかない?」と言った。山根はそのまま、1 週間、入院した。

「UFO事件」はそういう事件である。

この本の原題は、“A Disability of the Soul(ままならぬ こころ)”である。

「妄想」は、他人がおかしいと思っても、他人から否定されても、本人はびくともしない。この事件のポイントは、まわりが、UFOを否定せず、免許証が必要だという話に転換したことだ。そして、川村医師が「休んでいかない」と最後のひと押しをした。

山根は、統合失調症の患者はひとりでいないほうが良い、と考える。みんなでいれば、だれかが幻聴や妄想に気づき、知恵を出し、危険から救い出してくれる。

統合失調症は、本人にとって苦しい やまい である。

山根が「べてる」に来たときは、幻聴に悩まされるだけでなく、普通にしゃべれない、10分前のことも思い出せない状態であった。

「しゃべろうとすると恐怖が蘇ってきてしまって、胃がぐーつと持ち上がったり、頭がぎぎーって痛くなったりして、それで、ウー、アー、あのですね……ぐらいの感じでしゃべっていました。」
「思い出そうとしても、余計なことを言ったらぶっ殺すぞって言われてきたことを思い出しちゃって、うーとなっていました。」

何が彼を「ままならぬ こころ」に追い込んだのだろう。

山根は 1996年 三菱自動車に入社し、データ解析部門に配属され、顧客やディーラーからの欠陥情報を担当した。

上司は山根に、設計や製造上の欠陥によって車やトラックに生じた問題や事故の報告を隠すように、命令した。自動車が好きな山根は戸惑ったが、会社が安全な車を作るために欠陥情報の共有が必要だと思い、上司の意に反し、社内向けのニューズレターを発行した。これが、組織的いじめを彼がうけるようにした。

無視される。隔離される。他の人が机をドーンと叩く。まわりに段ボール箱が積まれる。「余計なことをしたら、ぶっ殺すからな」とか「安全な車づくりなんてアホなことを言うじゃねーぞ、オラァ」とか「お前ひとりで会社を動かせると思うな」と言われる。

それだけでなく、彼は反省文や遺書をいっぱい書かされた。自分が今までいかに価値のない人間だったか、自分はこれから死ななきゃいけないか、を書かされた。

三菱自動車は、山根に辞表を書かせるためと、見せしめに、そうしたのでは、と私は思う。1970年代に、日立や東芝で、山根が受けたと同じ、組織的いじめの話を、私は聞いていた。

しかし、山根は、やめるのでなく、突然、会社への忠誠をぶつぶつと言うようになった。会社のために、死に物狂いに隠ぺいせよ、という幻聴が始まった。しかし、UFO事件が起きるまで、山根は、三菱自動車を守るため、その幻聴を誰にも言えなかった。

山根は、「べてる」に来る前の、2001年の9月に、抑うつ症と診断された。母親は、このままでは彼が死ぬのではないかと思い、近所のTBS番組『ニュース23』のプロデューサーに頼み、彼を「べてる」に連れて行かせたのである。

2004年に、三菱自動車が欠陥情報を隠したことが 発覚し、テレビで全国に報道された。そのとき、テレビを見ていた「べてる」の仲間は、はじめて、山根の言っている、欠陥情報の隠ぺい工作が、本当だと理解した。ひとは、一度、統合失調症だと刻印されると、すべてが、妄想とされる。しかし、妄想の中に、本当のことがあるのだ。

この5年、日本の色々な業種で、欠陥情報が明るみ出ている。会社が欠陥情報を組織的に隠すことで、山根のような良心のある人たちが、こころを病んだはずである。ぜひ、中村かれんの『クレイジー・イン・ジャパン』(医学書院)の「耕平 UFO事件」を読んで、日本の企業の闇を知ってほしい。


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