昨今は二十四節気のうちの「雨水」にあたる。立春から二週間が過ぎて、昔からこの季節は農耕の準備を始める目安とされてきたという。気候の説明をよむと、「早春の暖かな雨が降り注ぎ、大地がうるおい目覚めるころ」なんだそう。今年の雪降りは少なかったけれど、今日の天気はまさにそのような暖かな雨が、まだ新緑の芽吹き前の木々の枝枝に降り注ぐ一日だ。
先週、岐阜郊外の可児市文化創造センターで劇場会議国際フォーラムがあって名古屋に滞在していた。その予定に合わせて、念願の愛知県陶磁美術館(瀬戸市)と愛知県立芸術大学(長久手市)を訪れる。ともに名古屋都心から地下鉄を終点藤が丘駅で降り、愛・地球博覧会のおりに建設された無人運行の東部丘陵線リニモを乗り継いで、小一時間ほどの都市郊外の広大な自然林“海上(かいしょ)の森”を切り開いて作られた敷地にある。まだ、ここには高度経済成長神話の名残がかすかに漂い、リニモから両側に広がる森を眺めると、たしかにさながら緑の海上に浮かんでいるかのような錯覚もしてくる。開発と自然のおりあいをどうつけるのかが、ポスト博覧会の残された主要テーマだろう。
まずは、都市から郊外への移動の足として、高架を滑るように走る近未来的なリニモを「陶磁資料館南駅」で降りて陶磁美術館へ向う。“陶磁+美術”といういい方は初耳で、駅名がもともとの資料館とあるのをみると、焼きもの=陶磁器の産地として、“美術”とつなげることで、地場産業への付加価値を目指す意図があるのだろうか。そのうち、工芸美術といったような言い方もでてくるのかもしれない。
ここを訪れてみたいと思ったのは、美濃に織部、志野、瀬戸、常滑といった地場焼き物の優品展示をゆっくりみたかったことと、実際の建物のたたずまいを確かめたかったから。以前、ここのパンフレットを眺めていたら、そこに映っていた本館エントランス写真の照明飾りが、ホテルオークラロビーの五連ランタンと双生児であることに気がついていた。つまりこの建築は谷口吉郎の設計なのである。広い敷地だけあって、快晴の青空のもと緩くカーブしたアプローチがとにかく気持ちよい。なだらかな丘陵地に立つ南館(1978=昭和53年開館)から本館(昭和54年開館)の間には芝生が広がり、陶磁器の壺などが点在していた。今日同行してくれた案内役のMは、グレーのニット織コートに黒ブーツ姿、光線で少し栗色がかってみえる柔らかい髪とペパーミントブルーのタートルネック、早春の青空のもとぬける様な風景の中で、表情が晴れ晴れとして弾けて輝いている。
本館の壁は白く、民芸調で蔵造りのような雰囲気をただよわせながら、塔屋はなんだか消防の見張り屋のような印象がある。お昼時、館内レストランでそれぞれ織部御膳と天ぷらきしめんをいただく。そこでMが指差す先の天上の照明は見事に六角形の亀甲型にデザインされているのに笑ってしまった。ここでは扉の「押」のサインパネルも亀甲型である。レストランからの眺めは優雅そのもの、本館ロビー前の石を立てたL字型の人工池やその反対側の建物半地下の石組みの庭も隠れた見処で、じつに迫力があり見事なことに感心した。食事の後は、開催中の企画展「煎茶 尾張・三河の文人文化」を見て回る。抹茶は室町時代だが、煎茶は江戸後期から明治に花開らいた町人中心の文化である。
館をでて敷地内で発掘された、平安から鎌倉時代の古窯跡をぞろぞろと歩いて見て回った帰り際、立ち寄った西館で思わぬコレクションを目にした。このあたりで焼かれた陶磁製!の狛犬コレクション「こま犬百面相」の数々である。普通は石像なのに、さすがに陶磁器産地だけある、その数々の表情の豊かなこと、阿吽像に思わず表情がほころんでしまう。なんでも地元企業人の本多コレクションだという。どこかで見たことがあり、聞いたことのある名前だと思ってよく確かめたら、数年前にまほろ市博物館で陶磁製狛犬展があって、そこへと貸し出されていたコレクションとの再会だったのでした。
やっぱりニッポン、広いようで狭いね。
先週、岐阜郊外の可児市文化創造センターで劇場会議国際フォーラムがあって名古屋に滞在していた。その予定に合わせて、念願の愛知県陶磁美術館(瀬戸市)と愛知県立芸術大学(長久手市)を訪れる。ともに名古屋都心から地下鉄を終点藤が丘駅で降り、愛・地球博覧会のおりに建設された無人運行の東部丘陵線リニモを乗り継いで、小一時間ほどの都市郊外の広大な自然林“海上(かいしょ)の森”を切り開いて作られた敷地にある。まだ、ここには高度経済成長神話の名残がかすかに漂い、リニモから両側に広がる森を眺めると、たしかにさながら緑の海上に浮かんでいるかのような錯覚もしてくる。開発と自然のおりあいをどうつけるのかが、ポスト博覧会の残された主要テーマだろう。
まずは、都市から郊外への移動の足として、高架を滑るように走る近未来的なリニモを「陶磁資料館南駅」で降りて陶磁美術館へ向う。“陶磁+美術”といういい方は初耳で、駅名がもともとの資料館とあるのをみると、焼きもの=陶磁器の産地として、“美術”とつなげることで、地場産業への付加価値を目指す意図があるのだろうか。そのうち、工芸美術といったような言い方もでてくるのかもしれない。
ここを訪れてみたいと思ったのは、美濃に織部、志野、瀬戸、常滑といった地場焼き物の優品展示をゆっくりみたかったことと、実際の建物のたたずまいを確かめたかったから。以前、ここのパンフレットを眺めていたら、そこに映っていた本館エントランス写真の照明飾りが、ホテルオークラロビーの五連ランタンと双生児であることに気がついていた。つまりこの建築は谷口吉郎の設計なのである。広い敷地だけあって、快晴の青空のもと緩くカーブしたアプローチがとにかく気持ちよい。なだらかな丘陵地に立つ南館(1978=昭和53年開館)から本館(昭和54年開館)の間には芝生が広がり、陶磁器の壺などが点在していた。今日同行してくれた案内役のMは、グレーのニット織コートに黒ブーツ姿、光線で少し栗色がかってみえる柔らかい髪とペパーミントブルーのタートルネック、早春の青空のもとぬける様な風景の中で、表情が晴れ晴れとして弾けて輝いている。
本館の壁は白く、民芸調で蔵造りのような雰囲気をただよわせながら、塔屋はなんだか消防の見張り屋のような印象がある。お昼時、館内レストランでそれぞれ織部御膳と天ぷらきしめんをいただく。そこでMが指差す先の天上の照明は見事に六角形の亀甲型にデザインされているのに笑ってしまった。ここでは扉の「押」のサインパネルも亀甲型である。レストランからの眺めは優雅そのもの、本館ロビー前の石を立てたL字型の人工池やその反対側の建物半地下の石組みの庭も隠れた見処で、じつに迫力があり見事なことに感心した。食事の後は、開催中の企画展「煎茶 尾張・三河の文人文化」を見て回る。抹茶は室町時代だが、煎茶は江戸後期から明治に花開らいた町人中心の文化である。
館をでて敷地内で発掘された、平安から鎌倉時代の古窯跡をぞろぞろと歩いて見て回った帰り際、立ち寄った西館で思わぬコレクションを目にした。このあたりで焼かれた陶磁製!の狛犬コレクション「こま犬百面相」の数々である。普通は石像なのに、さすがに陶磁器産地だけある、その数々の表情の豊かなこと、阿吽像に思わず表情がほころんでしまう。なんでも地元企業人の本多コレクションだという。どこかで見たことがあり、聞いたことのある名前だと思ってよく確かめたら、数年前にまほろ市博物館で陶磁製狛犬展があって、そこへと貸し出されていたコレクションとの再会だったのでした。
やっぱりニッポン、広いようで狭いね。