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まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

越後妻有郷 大地の芸術祭 

2018年09月04日 | 美術
 昨日から台風21号が関西を北上していて、朝からその余波で断続的に横殴りの雨がふり、突風がふきつけて木立ちを揺らし続けている。今夜、日本列島をぬけて明日からはまた残暑がもどってきて厳しくなるようだ。

 今週末、都内で「ふるさと回帰フェア2018」という催事があり、そのオープニングとして「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018」総合ディレクターの北川フラムさんの講演会を有楽町まで聴きにいくことにしている。それにしても芸術祭会期中なのに、いやだからこそだろう、その超人的なタフさにはあらためて畏敬の念を抱く。肉声のフラムさんは、現地の熱気を運んで何をかたってくださるのだろうか。
 それにしてもおもわぬ台風続きで越後妻有地域も風雨にあてられ、里山でのアート巡りには少なからぬ障害が生じてしまい、後半の入れ込みにも影響がでているだろう。けれども酷暑もそうだが、自然の天変地異すべてが織り込まれたありようが、ひとをアートを道しるべに五感をひらく旅へと誘うのであって、「人間は自然に内包される」というテーマを掲げて始められて二十年近くになる「大地の芸術祭」のほんとうの姿を著わしていると思う。

 開催にさきだつ七月のはじめ、この朝日新聞にカラー刷りのJR東日本びゅうトラベルの全面広告が掲載された。イラスト入りの越後妻有マップ、家族の姿がレイアウトされた、この夏の芸術祭を紹介する内容でなかなか魅力的なものだった。惜しむjらくは、日帰りではなく宿泊してこそ体感できる愉しみを前面に押し出してほしかったが、作品のピックアップ12点と食の魅力もかなりくわしく伝えられていて、よく制作された紙面で広報媒体としても画期的だと思った。

 また、先日のNHK「日曜美術館」でこの芸術祭が特集されて、いくつかのアート作品とアーティストの姿と声、地域の協働作業の様子が放送され、それはとても興味深く、地元の方々と制作者の会話など印象深いシーンもいくつか流された。
 とくに印象的だったのは、2009年から津南において地域とひとと協働作業で作品を制作している、台湾からのアーティスト、リン・シュンロンさんが、片言の日本語でしずかに語っていた「この大地の芸術祭は“ゆるやかな革命”です。」という言葉だろう。これまでの継続があってこその実感に裏打ちされた重みがある。「いまの社会は、効率第一になってしまっているが、地域はゆっくりと変わらなければいけない。」

 中谷ミチコの「川の向こう、船を呼ぶ声」という魅惑的なタイトルの広い壁一面に掲げられた彫刻作品は、その背景のエピソードも雪の中の厳しい暮らしを生き抜いてきた地域のひとの姿、暮らしの営みを彷彿とさせてしずかに感動的だった。わかくて華奢な印象の作者と作品のモチーフとなる昔の暮らしを語ってきかせたという老夫婦が作品の前で出会って交わす会話に味わいがあって、じんわりとする。

 とおく信濃川河岸段丘にたつ送電線鉄塔(首都圏山手線を動かす電力、里山に日本の現実をみる)が望める斜面にひろがる一面田圃のなかの道両側にならぶ二百本の素朴な竹製鳥よけ風車「カクラ・クルクル・アット・ツマリ」。ふきぬける風に軽やかな音を奏でて、作者ダダン・クリスタントのふるさとインドネシアバリ島の風を運んできて越後妻有とつながる。
 大学生の夏にはじめての海外旅行で訪れたのがバリ島で、乗ったのはガルーダ航空、現地で見た椰子の実越しの棚田の夕暮れの情景、寺院境内バリの民族ダンス、ガムランの響き、その空気と熱い匂いの記憶が蘇る。

 磯辺行久「川はどこにいった」は、広大な田園風景のランドスケープ、越後大地を流れる信濃川のいにしえの姿を視覚化し、かつての川の流れに沿った黄色の木製ポールが連なり、風にハンカチのような黄色の三角旗布がなびく。芸術祭初回2000年以来の情景が今夏再制作されて蘇った、この芸術祭のテーマ的なモニュメントのひとつだ。自分にとって懐かしい風景と映るのは、初回のときにたまたま目にしていたからで、たんぼの中のあぜ道を歩いてみて体感している。同様のコンセプトで制作された2015年「土石流のモニュメント」は、三年前の酷暑のもと汗をかきながらながめている。自然のエネルギーに圧倒され、土木工事の巨大な鋼鉄製円柱ドラムと一体化したような記憶に残る風景だ。

 残りの会期、稲穂が実り、頭を垂れはじめるこれからの秋晴れの田園風景のなか、おおくの人が現地に足を運んでその魅力を体感、実感してほしい。


「カクラ・クルクル・アット・ツマリ」ダダン・クリスタント/インドネシア(2009~)
バンプーに取り付けられたブリキ製風車がまわると、乾いた音を響かせ、農民と水牛が田圃を抄くさまざまな姿の仕掛けがいっせいに動きだす。その情景のなんともいえない素朴な微笑ましさ、懐かしさよ! そのたんぼ、稲がなびくみどり一面のさきの段丘には、首都圏への送電線鉄塔が小さくならんでみえる。こんな里山にも都会というものは!
 眼のまえ、吹き抜ける風が鳴らす音の中、あいだの道をあゆむひとの日傘の後ろ姿をまぶしくみつめていた。


「ライトケープ」マ・ヤンソン/MAD アーキテクツ 中国(2018)
 清津峡トンネル内の終点にある見晴らし場所に、改修であたらにできた。溪谷をのぞむ床面の水盤鏡に溪谷の風景が反転する。天上はステンレス板でおおわれ、朝夕のひかりで様子が異なるであろう万華鏡のような幻想世界。そこに立ち尽くすひとの姿が静物になる。家族連れにも人気のようで、外国人の姿も目立った。