日々礼讃日日是好日!

まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

スクリーンに映された三河湾と蒲郡ホテルの情景

2020年08月04日 | 文学思想

 八月に入って、ようやく関東地方の梅雨明けが宣言された。といっても、いつもと異なる重苦しい今年の夏、例年やかましい程の中庭のセミの鳴き声もいまひとつのようで、あきらかに戸惑っている気配がする。夕暮れに二度ほどヒグラシの「カナカナー、カナッ」を聴いたと思ったら、すぐに鳴き止んでしまった。
 陽光の下、花火のように咲く誇る百日紅の花があちこちの庭先で目に入るようになったし、鮮やかな黄色の大輪向日葵はこれからもうすぐが本格的に咲き出すだろう。遅まきながらの夏がやって来た。

 そうこうしているうちに、暦のうえでは七日がもう立秋にあたるから、2020年の盛夏は、気が付くと一週間ほどで過ぎ去っていってしまうようにも思える。その分、残暑がだらだらと続くのだろうか?これまでさんざん長雨が続いてあちこちで被害の跡を残していったばかりというのに、秋になって去年のように大型台風が立て続けにやってくるのだけはなしと願いたいものだ。 
 
 七月上旬に一泊二日の往復高速道の新潟帰省をしてから、車を十二か月点検に出し終えて、見えずらくなっていた眼鏡を新調したり、健康診断を受けてきたり、友人と久しぶりに再会したりと、わりと慌ただしく過ごしていたのだ。
 そうしたら、仕事からみで新型コロナウイルス騒動のとばっちりを受ける羽目になってしまい当事者にこそならなかったものの、あれこれやり取りに対処する日々だった、やれやれ。もし、この時期に東京オリンピックが開催されていたとしても、それどころではない状態で過ごしていただろう。

 さかのぼるふた月あまりまえに、三河湾蒲郡を訪れたのが夢まぼろしのようにも思える。あのとき高台の滞在先の部屋から、橋でつながった先にこんもりお椀のように茂った木々に覆われた竹島を眺めていた時間の記憶をときおり、繰り出してみようとしている自分がいる。

 東海道線蒲郡から車ですぐ、三河湾を望む丘の上の昭和初期に建てられた楼閣は一階ロビーに入ると吹き抜けに林立する柱と照明、二階の回廊と手すり、見事なアールデコ装飾空間が広がる、時のないホテル。
 海側三階の部屋からの眺めは、正面に歩道橋とつながる竹島が望めるロケーション。そこで午後からの時間をひたすら慈しんで過ごしているうちに気がつけば夕暮れ時になっていた。窓のカーテンをひくと夕闇にうかぶ欄干の灯かりの連なりが大鳥居へ続き、その先の杜は闇につつまれていた。
 翌朝、海岸まで下ると橋のたもとは干潟になるとたくさんの磯鴫が餌をもとめて集まってきている。島にわたって神社に参拝し、外周遊歩道を巡った後にふたたび橋をわたって対岸へと戻る。かつての大旅館常盤館あとには、明治末期築の元医院が移築されて「海辺の文学資料館」が建っていた。

 その外観の佇まいと三河湾の風景が、小津安二郎監督の「彼岸花」に映されている。昭和33(1958)年の松竹映画だから、前回東京オリンピックの六年前のこと、まだ東海道新幹線が開通する以前の時代の物語だ。
 竹島とそこにかかる長い歩道橋の途中で浴衣姿の二人が会話を交わしているシーン、笠智衆と佐分利信のふたりだ。旧制中学の同窓会で、関東と関西の中間地点にあたる風光明媚な蒲郡の海辺にある常盤館を訪れていたときの、朝食のあとの散歩だろう。欄干にもたれた笠智衆のさきに、丘のうえの横長の楼閣全景が何度か映り込んでいた。いまはないボイラー室煙突から煙が上がっているのが見える。
 ふたりは、父親の思い通りに運ばないそれぞれの娘の結婚の行方について、しみじみと語り合っている。いつものことながら世代の違いに時代の違いが透けている。致し方ないと思いつつも、やるせない思いに囚われてどうやら父親の思い込みで娘の将来を左右することはできないだろうということに気が付かされて、なんとか納得しなくてはと思いながら、その落としどころを探って言葉を交わすのだ。

「彼岸花」(1958年/松竹大船/カラー/118分)監督:小津安二郎 原作:里見弴 
 出演:佐分利信、田中絹代、有馬稲子、久我美子、佐田啓二、笠智衆、山本富士子

 7月の末、雪ノ下川喜多映画記念館で映画をみたあとに、ちかくの鎌倉文華館鶴ケ岡ミュージアム(元神奈川県立近代美術館、設計:坂倉準三、竣工1951年)を訪れる。
 白蓮の咲く平家池水面にモダンな“白い宝石箱“が反転して、空とともに映っている。杜と池に囲まれたミュージアムの入り口がかつての正面階段から西側に替わっている。あとから増築された新館は取り壊されて芝生広場に変わっていた。もとの学芸員室だったコンクリート打ち放し建築はすっかり撤去され、今風の飲食スペースへと建て替わっている。

 
 池に突き出した二階部分と一階回廊手摺、スイレンの咲く水面が反射してベランダ天井に映る。鎌倉鶴ヶ丘八幡宮境内ならではの、この情景が好き!

 対面からみた全景、白蓮極楽浄土に浮かぶモダニズム建築が眩しすぎる!



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