大阪水曜ほっと集談会一世です。
今の50代以上の方はご存じかと思う。
私は昭和を代表するぼやき漫才の人生 幸朗(じんせい こうろ)師匠が大好きだった。
まあ、皆さん聞いてくださいと始まり必ず、途中で怒って責任者出てこい!と叫ぶのです。
豪快さと、お茶目なところが好きでした。
いつも最後に相方である奥さんに怒られてお母ちゃん御免と謝るのです。
古き良き昭和へのノスタルジーでしょうか?
まるでどこかの家庭のようです。(笑)
さて最近の大阪水曜ほっと集談会ブログも怒りの記事ばかりです。
私は発見会の人生 幸朗師匠ではありません。
そのようなつもりはありませんが、常に組織を俯瞰して見るようにしています。
ところで最近は責任者出てこい!と言っても元々責任者がいないですね。
端的に言えば、責任者がわからないような巧妙な仕組みが構築されていると感じるのです。
政治・行政は当然のごとくです。
そういえば、コロナ禍で私たちの血税を使いわけのわからない、団扇が配布されようとしましたね。(笑)
これは、だれが責任を取るねん?
それほど地方自治の財政は、豊かなのか?
最近のコロナ対策然り、教育、企業のハラスメントや過労死の問題など枚挙にいとまがありません。
社会問題も然りですが、私たちの大切な発見会も多様性が求められていると感じます。
怒ってばかりの私ですが、やがてブーメランのように自分自身に跳ね返って来ることは予想できます。
樹木希林さんが、一切なりゆきの中で人の人生に、人の命にどれだけ自分が多く添えるかと書かれています。
自助グループでの関わり方のヒントを得た気がしています。
最後に、この下手な文章を掲載した責任者出てこい!
2021・6・26 一世