大阪水曜ほっと集談会一世です。
私が初めて、NPO法人生活の発見会の本部を訪問したのが、ちょうど3年前の6月だった。
その日は初夏を思わせるような汗ばむ陽気であった。
当時たった一人の弟を病で亡くし、失意と無力感から突き動かされるように東京に向かった。
事前に調べると弟が勤務していた、大手企業の東京本社が本部のすぐ近くにあった。
何かの啓示かと思った。
突然の訪問にもかかわらず、理事長に面談していただいた。
今でも深く感謝している。
それ以来私にとって本部はとても近い存在になった。
さて、私がささやかながら集談会の世話役活動をさせていただいているのは、弟への思いがある。
以前にも書かせていただいたので、簡潔に述べる。
15年前過労から適応障害に陥り、パニック発作に苦しんだ。
真夜中にも関わらず、、弟は私の苦しみを黙って聴いてくれた。
彼には、兄らしいことを何一つしてやることが出来なかった。
彼が私の話を聴いてくれたように私も、苦しまれている方の話を聴くだけならできるかもしれない。
作家の五木寛之氏も、7歳下の弟さんを亡くされている。
42歳だったと書かれている。
五木氏は、ただ生きていくそれだけで素晴らしいという著書の中でこう述べられている。
”人のこころを癒すという時に、その傷ついた状態を「悪」と考えてしまい、「だから治さなければならない」という考えになってしまうのは間違いだということをちゃんと理解できているのだろうか、不安になったのです”
”それに、本当の意味で、心の傷や痛みは治ることはないと私は考えます”
”治らないけれども、その痛みと折り合いをつけて生きていく”
”その折り合いのつけ方を工夫するほかない”
”こころの傷というものは、そういうものではないでしょうか”
”人のこころが傷つくこと、それは善でも悪でもない”
”一つのあるがままの自然な状態なのです”
2021・6・3 一世