せろふえ

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自閉症の娘
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とっちらかっているので、気になるカテゴリーやリンクを

日々平安 山本周五郎

2025年01月04日 | 
 これが黒澤森田芳光の映画 椿三十郎 の原作なのだが、はっきり言ってこの原作の方が何倍もすばらしい。ほんとうに山本周五郎ってすばらしいね。

 他に
城中の霜
水戸梅譜
嘘アつかねえ
日日平安
しじみ河岸
ほたる放生
末っ子
屏風はたたまれた
橋の下
若き日の摂津守
失蝶記
 
 城中の霜 は、安政の大獄で斬首になった橋本左内の最後を描いたものなのだが、すばらしくてねえ。山本周五郎の、既成の概念を裏返し、真の価値をあばきだす(?)ようなもので心打たれる。何度も書くが、山本周五郎は江戸の義理人情を描く作家ではない。

 ここgooblog とNTTドコモは昨日からサイバー攻撃を受けているらしく、アクセスできなかったし、いまだにリアクション機能は不能のようだ。日本はもうダメだね。とくにこういう親方日の丸みたいなところは軒並みダメ。引っ越そうかな。


 昨日はチェロのレパートリーにリンクが張られてなかったバッハの小フーガを入れた。(小改訂)
 

コールセンターもしもし日記 吉川 徹

2024年12月30日 | 
 コールセンターもしもし日記 ご意見ご要望、クレーム、恫喝…反論せずにお聞きします 吉川徹
 図書館の案内が「怒鳴り声、金の要求、熱心な誘い、迷演技…。派遣オペレーターの実体験をもとに、知られざるコールセンターの実態だけでなく、電話する側と受ける側の生々しい攻防、そしてそこに生きる人たちの人間模様を描く。」というもの

 これは相当面白かった。著者が派遣社員でコールセンターに派遣されることが多かった、それをメインに派遣人生を書いている。全体に面白かったが途中、投資信託の勧誘がうるさくて唐突に「ニカラグアの債券は今どうなってる?」「ニカラグアですか、、、」と撃退した話がおもしろかった。



 コールセンターがらみで、いくつか短編映画を見たなあ。

一本の電話 Mat Kirkby監督 短編映画 - せろふえ

今度はBS12トゥエルビで「土曜しょ~と劇場」として短編映画を放送しているらしい。短編映画(のTV放送)がはやりなのだろうか?歓迎する。この映画は悩み相談の電話オペレ...

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BS松竹東急で Your Call Is Important To Us を見た - せろふえ

BS松竹東急(260ch)でCallWaitingにつづいて、今度はYourCallIsImportantToUsを見た。CallWaitingは緊急コールセンターのオペレーターの話でまじめな、シリアスな、ただ...

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BS松竹東急 で Call Waiting を見た - せろふえ

BS松竹東急(260ch)で短編映画を定期的(毎週?)放送していて、すばらしい。まったく、映画ってすばらしいね。CallWaitingを見た。緊急コールセンターのオペレーターと...

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大人は愉しい 内田樹、鈴木晶メール交換

2024年12月24日 | 
 日曜の夜から悪寒、発熱。昨日は一日寝込んでいた。まだ37.7℃。これから医者行く。知り合いが何人も発熱している。まいったもんだ。

「大人は愉しい」というタイトルに惹かれて借りたが、こども向けのものではなくただのメール交換というかやりとりだった。あまりおもしろくなかった。いくつもなるほどと思ったり、感心した内容はあるのだが、全体としてはイマイチ。僕と肌が合わないというにすぎない、とは思う。

安楽死が合法の国で起こっていること 児玉真美

2024年12月17日 | 
 図書館の案内: 拡大していく対象者像、合法化後に緩和される手続き要件、安楽死を「日常化」していく医療現場…。安楽死が合法化された国で起こっていることに加え、世界的なコロナ禍で医師と家族が抱えた葛藤や日本の実状などを紹介する。

 この本も実に考えさせられるというか、何事も単純じゃない、この本にはグラデーションと書いてあるが、何事も多面的なのだと思う。
 「尊厳死」たしかにスパゲッティ症候群で尊厳もなく生きたくない。だが尊厳死から安楽死へ、さらに…。それをこの本では「すべり坂」と書いてあるが「なし崩し」でいいじゃないか、安楽死の線引きの曖昧化。そして「安楽死は臓器移植と直結している」。あるいは安楽死と医療の「コスト」の問題、「無益な医療」「無益な患者」「新鮮な臓器」差別される障害者、傲慢な医者という専門家、家族に依存する日本の福祉。なし崩しと横すべりとでも言うべき現状と議論。
 そういえば僕の父もパーキンソン病で長いこと入院していたが、今思えば邪魔にされていたよなあ。「ベッドブロッカー」という言葉があるのを初めて知った。
 死ぬ権利の前に「死んだ方がまし」な現状がなぜなのか、それを変える、あるいは苦しみを減らす社会の取り組みが必要なことはたしかだ。カナダの世論調査で、安楽死を認めての良い理由として「貧しいこと」「ホームレスであること」を選択した人が25%いたという。なんという恐ろしい世の中だろうか。
 

核燃料サイクルという迷宮 山本義隆

2024年12月09日 | 
 核燃料サイクルという迷宮 核ナショナリズムがもたらしたもの図書 山本 義隆∥[著] みすず書房2024/05
 図書館の案内: 日本のエネルギー政策の恥部、核燃料サイクルは、戦前来の電力中央集権化とナショナリズムの申し子だった。その歴史の精査をもとに、エネルギーと軍事にまたがる日本の核問題の来し方行く末を見つめ直す。



 まったくこの本を読んでいると、胸が悪くなる。もちろんそうだろうと思っていたが、原発は全然安くない。まったくそうだ。地球温暖化防止に寄与しない。クリーンではない。原発ムラに巣くう連中の私腹を肥やすためだけにある。みんな縛り首にしたい。そもそも原発はその初めからエネルギーのためでなく、潜在的軍事目的で推進されて来た。それらが資料つまり証拠と共にここに記述されている。これももちろん知ってはいたが中曽根康弘は極悪である。地獄からもう一度引き出してもういちど市中引き回しの上極刑に処したい。安倍晋三は言わずもがな。冗談ではない。
 この本すべてを引用したいくらいだが、次のは象徴的だ。

「日本人が国際的なやりとりで時に口にする言い訳や“説明”は余りにお粗末すぎて、とても本気とは受けとれない……。本音と建て前の使い分けは日常的におこなわれ、普通、日本社会の良い面とはされないまでも、そのことの倫理的な是非は問われない。しかし、この使い分けが、ある考え方の枠組みを生み、いろいろな欺瞞が社会的に容認される素地ともなっている。日本人は、西洋人に真似できないほど自分のまやかしについてあっけらかんとしている。日本人には、その不正直さを叱られる恐れなしに正直ぶることが許されているのである。(van Wolferen 1989b, p. 24F.)

 つまり責任は我々にある。政治家や官僚だけではない。もう、舌噛んで死んじまいたいくらいだ。そのくらい怒っている。

大学教授こそこそ日記 多井学

2024年12月06日 | 
 当年62歳、学生諸君、そろそろ私語はやめてください

 この、日記シリーズはどれもおもしろい。これは中でも相当おもしろかった。著者の大学教授は相当まじめな大学教授だと思う。ユーモアもあり、とても好感をおぼえた。このシリーズの他のとはずいぶん違う気がする。著者は身バレがこわいみたいな事書いているけど、バレてるんじゃないか。まだたくさん読んでないのがある。楽しみだ。

言葉の還る場所で 谷川俊太郎×俵万智対談集

2024年12月03日 | 
 谷川俊太郎が亡くなって、図書館に並んでいたところから借りた。谷川俊太郎の作品と人物はどちらも興味深いが、俵万智も興味深い。ちょっと作品をまとめて読みたくなった。野田秀樹が、ある対談の組み合わせを聞いて「あーその対談は面白くないね。」「人としてタイプが同じだから」。というのも面白かった。

ダチョウはアホだが役に立つ 塚本康浩

2024年11月24日 | 
 図書館の案内: 並外れた免疫力をもつダチョウ。2020年4月に京都府立大学学長に就任した、鳥を愛しすぎる博士が、ダチョウのすごさとアホさ、ダチョウ研究23年の悲喜こもごも、無限の可能性を秘めるダチョウ抗体などについて伝える。

 とてもおもしろかった。著者は相当「天才」で、相当欠落している。アインシュタインのようだ。ダチョウもそうで、ダチョウを天才とは言わないが、相当欠落していてそしてすごい。ダチョウは家族すら認識していなくてふた家族が遭遇するとそのうちこっちの子があっちに、あっちの子がこっちに来て誰も(って言わないか)気づかないらしい、そんなことある?鳥の中には一生添い遂げるつがいなんてのもたくさんいるようなのに、すごい。
 役に立つことだけが良い研究ではない!と思うが、こうして直接的にすぐ世の中のためになる研究もすばらしい。経済的にも成功しているようで、よかったよかった。


バッタを倒しにアフリカへ 前野ウルド浩太郎 - せろふえ

新聞の書評で知ったのだったか、図書館で借りた。古本屋で何冊も見かけた。著者のアフリカでの綱渡り?のような研究の日記のようなもの。楽しく読めて、それから著者が職を...

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かげろう忍法帖 山田風太郎

2024年11月08日 | 
 人間臨終図鑑がおもしろくて、山田風太郎なんて他のはひとつも読んでない。代表作はあやしい忍者小説だというので借りてみた。おもしろい。
 解説に「これからも長く読みつがれていくだろう」と書いてあるが、そうか?これからもなにも、今だってこんなの読む人いるの?歴史に埋もれてしまうだろう。おもしろいんだよ。おもしろいが傑作ではない。そうとう荒唐無稽で、切った腕や首(!)までまた生えてくる忍法とかなんのタネもなく、忍法ではなくホラーだよ。でもゲラゲラ笑いながら楽しめる。

 読みながら今の古楽ブームのことを思っていた。
 クラシック音楽もずーっと作曲され、演奏されたとき、現代音楽だった。バッハもヘンデルも次の日曜日、次の演奏会のためにあらたに作曲し、多くは一度きりのものだった。今のように200年300年もの昔の音楽をそれもベートーヴェンとかごくごく一部のものをくりかえしくりかえし飽きもせず聴くのが音楽ではない。音楽も今を生きるものなのだ。だからポップスなど全然傑作群ではないけれど今の音楽を聴く、演奏する、自分で作る、消費して忘れる、それが音楽の健全な姿でクラシック音楽は実に不健全だと思う。
 埋もれていた古楽(バロックやそれ以前)が発掘、再発見されて(ながいこと)ブームだけど、これは実はクラシックではなく現代に再生した今の音楽なのだ。多くは(もう一度)消費されるだけで埋もれ、いくつかは(また)再発見されるだろう。それは新鮮なもので今、生きるのだ。
 山田風太郎も、他も、ほとんどが埋もれ、でもごく一部はまた再発見されて楽しまれるかもしれない。それでいいのだ。

死者の奢り・飼育 大江健三郎

2024年11月02日 | 
 まったく無教養なので大江健三郎なんて読んだことなかった。初めて読んだ。
 死者の奢り、他人の足、飼育、人間の羊、不意の唖、戦いの今日、の6編。どれも1934年生まれの著者が10代から20代前半の頃の作品で、若々しいというかある種の青臭い感じがしないでもない。(シロートのたわごと!)終戦ー戦後ー朝鮮戦争の頃のきびしい現実と戦後思想(よくわからないが、敗戦による精神の再生、あるいは本当の意味での誕生、成長、理想主義?)の葛藤というか混乱というか、そんなものをこの2024年に感じさせられた。現代のこの絶望的なしかも安楽な現実の状況のなかでわれわれが考え、感じていることも、五十年後百年後には青臭く感じられるのだろうか?

江戸アルキ帖 杉浦日向子

2024年10月31日 | 
 どうやら文庫しか出ていないらしく、とても残念だ。大型本でなくても良いけれど、普通のサイズの物を、これは買って手元に置き、たまにパラパラめくったりしたい。
 文庫の裏に書いてあるとおり、タイムマシンに乗って江戸に行くというコンセプトで書かれたエッセイというのか、画文集か。たとえば最初のは文政十一年七月二十八日に日本橋に行ったことになっている。著者はもともと時代考証から創作に入ったので、この作品もとてもそれらしく、安心して読めた。(江戸時代を舞台にした小説にある鳥が出てきて、どんな鳥かなと思って調べたら明治になってから日本に入ってきた鳥だとあり、もうその作家の物はいっさい読む気がしなくなった。すみません。)
 でも本当は江戸時代は太陽太陰暦なので「文政十年の正月」は1827.1.5ではない。季節は1ヶ月くらいずれてるはずだ。ちょっと違和感のある記述もあり、著者を問いただしたい気分だ。だが、著者はなんと46歳で亡くなっているのだ。かえすがえすも惜しい。

ぼけますから、よろしくお願いします。 信友直子

2024年10月15日 | 
 認知症の母を、90を超える(!)父と、離れて暮らす著者が介護した経験を映画にした同名のドキュメンタリーがヒットしたようで、そちらを見てやらなければならないと言う気はするが、ともかく図書館にこの本があって手に取った。すばらしい。この本も売れるべき物だと思う。
 僕の母はあまりボケずに亡くなったが、もちろん最後はだいぶもうろくした。父はパーキンソン病だったので長い老後、長い入院生活だった。たしか2年ほど、妻も僕も週に1度は(まだ小さかった子ども連れたりして)病院通いだった。



 でもこの本を、自分の親のことより次は自分の番だよなあと思いながら読んだ。
 どうしてこう昔気質の人たちは老いたあと公的サービスを受けることを嫌がるのだろう?この著者も公的サービス、介護を受けることが遅すぎるよ。もっとどしどし介護サービスをうけるべきだ。次は自分なのか妻なのか、同時なのかわからないが、ともかくきびしくなってきたら大騒ぎして公的サービスを受けようと思う。そうすることが世の中を回すことにもなると思う。でもまあ具体的にどうこうというにはだいぶ先のことだ。
 うちは自閉症の次女のことがある。世話になっている作業所はすばらしくて、障害者の親の葬式を出してやったり、その後の世話をしたりしてくれている。明日は我が身だ。

言えないコトバ 益田ミリ

2024年10月03日 | 
 図書館で見かけてつい借りてしまった。
 どうして益田ミリがいくつも図書館に入っているのか解せない。

 言えないコトバというのは、表紙には「なんちゃって」てまだ使っていいのか? と書いてあるが、たとえば「パンツ」が使えない、ズボンは古くさい?と言うようなもので、「おひや」とか「おあいそ」とか使えないという。いやじつにたいしたことないのだが、なるほどという気もするし、いやたいしたことない。読み進めるうちにどうでもよくなってきて、さらにはようするに著者の言葉にたいする繊細さ自慢?あるいはナイーブ自慢?と思えてきた。「粋」と思うのは粋じゃないんじゃないかとか。それじゃあこういうエッセイを書くことがそれなんじゃないのか?だから僕にとってはこの本こそ「手に取れない本」ということになるのか。

定本日本マンガ事件史 満月照子 桜井顔一

2024年09月29日 | 
 なんていうか週刊誌の連載記事じゃないのか。そんな感じの下世話な興味から「事件」をさぐって記事にした感じ。
 最初が柳瀬正夢という一コマ漫画の作者が戦前治安維持法で逮捕拷問された事件。その後はPTAの悪書追放運動やら手塚治虫のW3事件やら硬軟、ほんとの事件やあやしいうわさが騒ぎになったとか事件なんだかなんだか。
 個人的には著者らの精神が不快だったが、まあこんな本も存在価値はあると思う。すみませんシロートのたわごとです。

大江戸美味草紙(むまそうし)  杉浦日向子

2024年09月19日 | 
 杉浦日向子の漫画は最高だ、が、文章はイマイチと思っていたのだが、これはとてもおもしろく読め、勉強になった。知ることは喜びだと年寄りでも痛感する。当時の川柳を軸に当時の文化(というのは生活、風俗など)をとても興味深く記してくれている。
 たぶん漫画はすべて読んでいるはずだ。ともかく次は「江戸アルキ帖」を読んでみよう。