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盆棚

2009年08月17日 | シロート考え
 実家は埼玉県川越市の郊外。
 父が亡くなり、母が病気をしてからは、とうとう盆棚もきちんと作らなくなってしまった。

 うちの方では、盆棚はでえに作る。でえは「出居」らしく、ちゃんとした日本語らしい。うちも昔の農民の家で、田の字型の家、仏壇は北東の部屋だが、でえは南西の部屋だ。床の間があるが、その前を少しふさぐようにして一番南西の角に作る。障子を2枚はずして、西と北にすえて、はずさない南の一枚の合わせて3枚使って、コの字にして、ひもで結びつける。勉強机を中に納め、上にこたつの板を乗せてその上にゴザ(ネットで調べると「マゴザ」などと書いてあるが、そんなの知らない、普通の畳表のゴザ)1畳の大きさのものを乗せて、前に垂らす。
 仏壇から位牌をみんな持ってきて並べ、電気ランプも仏壇から持ってくる。お供えはスイカ、カボチャなどの他、水ようかんとか、紙に包まれた菓子なども供えていたと思う。(絵には描き忘れた)
 左手前の方に里芋の葉の上に水を入れた皿を置き、ミソハギを束ね、半紙で下半分位を包み、こよりだったかで結ぶ。お線香を上げるときに、ミソハギを水につけて、位牌に振りかけるのだ。真ん中に線香立て、
右には鈴(りん)。
 障子を3枚立て回したところに、掛け軸を2枚ずつくらいかける。うちは天台宗らしく、だから、最澄だったかの絵だとか、仏陀が死んで動物が嘆き悲しんでる絵だとか、仏像画、「南無阿弥陀仏」などだ。
 家の裏から笹(実際は竹藪に生えた細い竹)を2本取ってきて、手前の障子にひもで結びつける。障子にブスブス穴を開けた。上を真ん中に持ってきて、ひもで結びつける。障子の一番上くらいの位置、麻縄を左右の竹の間に渡して、そこにほおずきを垂らす。(麻縄の編んであるのを少しほぐすようにして間に差し込む)

 お盆様のお迎えは墓まで迎えに行く。13日はお茶しかお供えしないので、昔はきっと夕食後に行っていたのだと思うのだが、最近は午前中のごく早い時間に行くようだ。提灯と線香、花を持っていき、墓を簡単に掃除して、花を生け、線香を上げて、提灯に火を入れて、「お盆様」に乗っていただき、家まで帰る。提灯の火は、うちでは小さな石油ランプに移し、それで線香に火をつけてあげる。本当はお盆の間中、火は絶やさないのかもしれないが、火の用心だ、夜は消してしまう。(ははは、いいかげん)
 14日から朝昼晩、お供えをする。箸は「おがら」を折って箸にして毎回新しくしてあげる。お盆の時だけ使う足のある容器にご飯やら、ぼた餅やら、冷や汁とそうめんとかを四角いお盆用の(足はない)お盆にのせてお供えする。
 15日の夕方、ナスにおがらを4本さして、馬を作って供える。(キュウリで作ったおぼえはない)ランプの火を提灯の火に移し、
お盆様に乗っていただき、墓まで送る。卒塔婆(うちの方では「そとば」とは言わず、「とうば」と言う)、花、線香を持って
墓にあげる。帰りは提灯の火は無し。