早川暁の『戦艦大和日記』第一巻は〈英・米〉もびっくりするような巨大な大砲を備えた軍艦の話が中心でした。技術的なところは、読んでいるとついウトウトしてしまいました。今日は雨で、第二巻をグイグイ読んで第三巻に入りました。(敗戦まで全部で五巻)まだ昭和13年12月のところです。
中国での戦争は昭和12年7月にはじめましたから一年半たったところです。(昭和20年まで8年間つづく戦争)作家・早川暁の力技に引き込まれるように読んでます。こんな調子で書かれています。長くなりますが、引用します。
昭和13年12月26日
(水野広徳・海軍大佐が〈退役した軍事評論家〉として、学習院校長・野村吉三郎大将に会いに行って)
ヒットラーのねらいは、英ソをアジアに釘づけにすることである。オーストリア、チェコスロバキアの征服計画を成功させるためには、英ソの妨害干渉を阻まねばならない。そのためには日本が中国侵攻で成功を収め、アジア全土に勢力を伸ばし …… 。
ソ連内で日本非難の論調が高まり、対日牽制以上の政策を模索しはじめること。
そういう動きを背景として、米英海軍の共同戦略が秘密裏に …… はじまったのである。
「日本は、日中問題が国際化しないうちに、支那事変を解決すべきだったのです。しかし、もうすでに支那事変に米・英・ソ・独が深く関わってきました。このままでは、恐るべき日米戦、あるいは日対英米戦は避けられないでしょう」
水野は、ちょっと息をととのえてから、一気に、宣誓するように言った。
「中国から日本兵100万を引きあげること。さらに、満州国を中国に返すこと。以上です」
…… (長い中略)
「水野さん、陛下に直訴して、中国大陸から100万の日本軍撤退の命令をもらえるだろうか」
これが、水野広徳の破天荒な提案に対する野村の答えである。
「野村さん、あの方の命令でしか、陸軍は言うことを聞かないのです」
「 …… あの方でも、無理なような気がする」
「陛下に無理なことがあるものか!」
「陛下は、大変穏やかな気質のお方だ。素手でビルを動かすような真似は、なさらない気がする」
「冗談じゃない! 国が亡びるのだぞ。天皇がそれを救わなくてどうする!」
野村は大きな声をあげた水野を、指を口にあてて制した。
「すまん。昂奮して、すまなかったです」
「統帥権は、いわば毒薬です。大劇薬です」と野村はつぶやいた。
「それを、水野さんは使えというんですね」
「稀にですが、毒薬が救命の薬になることがあります」 …… (中略)
「陛下にそんな怪力を期待するのは間違っているかもしれないが、悲しいけれど、いまや私にはあのお方の力を信じてみるしかないんだ」 (中略)
「水野さん、松岡洋右という人物を知っているかね」
「松岡洋右 ……。 あの国際連盟の脱退を演じた男かね」
「そうです。あの松岡洋右なら、あるいは100万の兵士を引き揚げさせることができるかもしれない」
「なぜ……」
「彼は危機のときほど、信じられない力を発揮する男です」
「しかし、彼は軍部寄りの、右傾政治家でしょう」
「水野さん、右を動かそうとしたら、右の人間をつかうことですよ」
「そうか、右を動かすのは、右の人間か」 (中略)
「野村さんが、それほどまでに言われるのなら、会ってみます。紹介してくれますか」
しかし水野は、写真でしか見てないけれど、松岡洋右という小柄な男に、なぜか不吉なもの、不穏なものを感じているのだ。
※ さすがは脚本家/小説家です。こんな場面があったかどうかわかりませんが、歴史上の実在の人物が立ち上がってきます。
中国での戦争は昭和12年7月にはじめましたから一年半たったところです。(昭和20年まで8年間つづく戦争)作家・早川暁の力技に引き込まれるように読んでます。こんな調子で書かれています。長くなりますが、引用します。
昭和13年12月26日
(水野広徳・海軍大佐が〈退役した軍事評論家〉として、学習院校長・野村吉三郎大将に会いに行って)
ヒットラーのねらいは、英ソをアジアに釘づけにすることである。オーストリア、チェコスロバキアの征服計画を成功させるためには、英ソの妨害干渉を阻まねばならない。そのためには日本が中国侵攻で成功を収め、アジア全土に勢力を伸ばし …… 。
ソ連内で日本非難の論調が高まり、対日牽制以上の政策を模索しはじめること。
そういう動きを背景として、米英海軍の共同戦略が秘密裏に …… はじまったのである。
「日本は、日中問題が国際化しないうちに、支那事変を解決すべきだったのです。しかし、もうすでに支那事変に米・英・ソ・独が深く関わってきました。このままでは、恐るべき日米戦、あるいは日対英米戦は避けられないでしょう」
水野は、ちょっと息をととのえてから、一気に、宣誓するように言った。
「中国から日本兵100万を引きあげること。さらに、満州国を中国に返すこと。以上です」
…… (長い中略)
「水野さん、陛下に直訴して、中国大陸から100万の日本軍撤退の命令をもらえるだろうか」
これが、水野広徳の破天荒な提案に対する野村の答えである。
「野村さん、あの方の命令でしか、陸軍は言うことを聞かないのです」
「 …… あの方でも、無理なような気がする」
「陛下に無理なことがあるものか!」
「陛下は、大変穏やかな気質のお方だ。素手でビルを動かすような真似は、なさらない気がする」
「冗談じゃない! 国が亡びるのだぞ。天皇がそれを救わなくてどうする!」
野村は大きな声をあげた水野を、指を口にあてて制した。
「すまん。昂奮して、すまなかったです」
「統帥権は、いわば毒薬です。大劇薬です」と野村はつぶやいた。
「それを、水野さんは使えというんですね」
「稀にですが、毒薬が救命の薬になることがあります」 …… (中略)
「陛下にそんな怪力を期待するのは間違っているかもしれないが、悲しいけれど、いまや私にはあのお方の力を信じてみるしかないんだ」 (中略)
「水野さん、松岡洋右という人物を知っているかね」
「松岡洋右 ……。 あの国際連盟の脱退を演じた男かね」
「そうです。あの松岡洋右なら、あるいは100万の兵士を引き揚げさせることができるかもしれない」
「なぜ……」
「彼は危機のときほど、信じられない力を発揮する男です」
「しかし、彼は軍部寄りの、右傾政治家でしょう」
「水野さん、右を動かそうとしたら、右の人間をつかうことですよ」
「そうか、右を動かすのは、右の人間か」 (中略)
「野村さんが、それほどまでに言われるのなら、会ってみます。紹介してくれますか」
しかし水野は、写真でしか見てないけれど、松岡洋右という小柄な男に、なぜか不吉なもの、不穏なものを感じているのだ。
※ さすがは脚本家/小説家です。こんな場面があったかどうかわかりませんが、歴史上の実在の人物が立ち上がってきます。