古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

小屋の外壁をはりかえます。

2022年03月13日 20時11分03秒 | 古希からの田舎暮らし
 15年前。2006年12月、田舎暮らしをしようと、三木市口吉川町に建てた家に引っ越しました。最初にやった大工仕事はウッドデッキでした。「冥途に行ってからも自慢できる」大仕事でした。今思い出しても「よくやった」と自分をほめたくなります。
 次にやった大工仕事は裏に物置小屋を作ることでした。こんな小さな小屋です。

 2007年の春に作りました。石油コンロ/BBQの木炭/自動車のチェーン/ドラム式の延長コード/などを入れる小屋です。
 小屋の壁には、段ボールみたいなプラスチック板を張っていました。段ボールみたいなプラスチック板のことを『プラダン』と呼ぶそうです。それが風化してボロボロになったので、張り替えることにしました。写真はプラスチックボード(プラダン)をはがしたところです。
 今日はその「はがす作業」をしました。接着剤でとめ、小さいネジでとめ、頑丈につくっています。はがすのはひと苦労です。「スマートさに欠けるけどしっかり作ってる」とはがしながら自分で感心しました。
 新しい「プラダン」は両面テープとビスでとめます。
 今日は強風気味だったので焼き芋はやめました。
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〈紅はるか〉をまた買ってしまいました。

2022年03月12日 18時15分47秒 | 古希からの田舎暮らし

 先日〈ラスト焼き芋〉といったのに焼き芋が恋しくなって、また通販で買ってしまいました。かなりの量です。なるべく早めに焼き芋をします。たき火・焼き芋は大好きですから。たき火のお守りをしながら早春の裏山をゴソゴソするのはいい気持ちです。
 むかしを思い出して『火吹き竹』をつくりました。

 BSテレビの『ヒロシのぼっちキャンプ』を見ると、いまの『火吹き棒』は細いですね。あれでいいのでしょうけど、裏山の竹でつくってみました。むかしは五右衛門風呂でした。よく風呂焚きをさせられました。杉の枝に火をつけて、よく燃えるように火吹き竹で吹きました。火の熱で節の穴がだんだん大きくなると、また竹を伐り、中の節を抜き、穴をあけてつくりました。
 今日の仕事は、前の畑でした。60センチの畔板が余っているので、隣りの畑との境界に取り付けました。

 コンクリート・ブロックに沿って畔シートをネジ止めする作業です。セメント用ドリルで下穴をあけ、ネジで止めます。時間がかかりました。でもあたたかくなって外で仕事ができるのはうれしいです。
 そうそう、道子さんが「土筆はまだかな」というので軽トラで見に行きました。公民館裏/村で一番上の家の土手/左の広池下の土手/と見てまわりましたが、まだ顔を出していません。土筆摘みはお彼岸のころになるでしょう。
 雑木林の山山がふっくらしてきました。もうすぐ芽吹きます。
 春はいいなあ。
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平岩弓枝『魚の棲む城』がおもしろい。

2022年03月09日 21時47分51秒 | 古希からの田舎暮らし
『剣客商売』はテレビの時代劇になっています。名士・池波正太郎の原作ですから『水戸黄門』『暴れん坊将軍』みたいなワン・パターンとちがいます。人間の彫りが深く、登場人物がそれぞれの人生を背負って、生き生きと動きます。
 主演の役者はいろいろ替わっており、山形勲・加藤剛 版/藤田まこと 版/北大路欣也 版/中村又五郎 版/とありますが、藤田まことが秋山小平を演じる版が一番いいです。
 この藤田まこと版で、田沼意次を演じるのは「平幹二朗」です。この役者が、実に「渋い田沼意次」を演じています。藤田まこと/平幹二朗/梶芽衣子/の『剣客商売』は何度でも見たくなります。(時代劇専門チャンネルでは、よく見られます)
 いま読んでいる時代小説=平岩弓枝『魚の棲む城』は若い青年の田沼意次が主人公です。どんな人か見当がつきませんが、作者が田沼意次に好意をもって書いています。その田沼像がテレビの役者像とつながって、読むのがたのしい。
 500ページの大部な小説ですが、たのしみながら、ゆっくり読んでいます。
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〈ラスト焼き芋〉をしました。

2022年03月08日 21時05分12秒 | 古希からの田舎暮らし

 道子さんが、裏山の紅梅(鹿児島紅梅)と白梅(南高梅)を手折って花瓶に挿しました。うまく撮ろうとしたのですが、紅梅の色が出ません。この梅は「紅」色が暗いし、逆光です。台にしたテーブルはプールライナーでおおっています。シートの押さえ板は昨日つくりました。風でシートが飛ばないように。タイルを4個つけて重くしました。
 なんでもないけど、こんなものをつくれるのはうれしいです。ぼくは、どうでもいいような大工仕事でも大好きです。大工仕事を思いつくとすぐに行動するパワーがわいてきます。三木に引っ越してすぐ、2006年の暮れから2007年1月にかけてウッドデッキをつくったときは、ほんとにうれしかった。冥途に行ってから「みんなに自慢できる仕事だ!」と思いながらでやりました。
 
 今日は最後の焼き芋をしました。スーパーで買った小さめのサツマイモです。ダッチオーブンに6個入れ、間に小石をつめてたき火しました。芋は紅はるかで、おいしくできました。秋からたくさんやった焼き芋はおしまいです。でもサツマイモが手に入ったら、また焼き芋したくなるかも。
 寒肥は完了しました。肥料の入れ方はエエカゲンでしたが、とにかくすみました。畑仕事/裏山の茂み片づけ/石垣の補強/にとりかかります。
 
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外仕事が始動します

2022年03月07日 20時45分35秒 | 古希からの田舎暮らし
 〈外仕事をやる気〉がイマイチ出なかったけど、今日は出たのを感じました。まず、グズグズ引き延ばしていた寒肥をやりました。次に買ってしまった〈ラスト焼き芋〉用の枯れ木を軽トラで集め、電動丸鋸で切りました。久しぶりに外仕事をした気分です。
 明日は〈ラスト焼き芋〉をします。
 先日サンシュユが一番に咲そうだと書きましたが、まだツボミのままです。先に南高梅が満開になりました。

 ミモザは去年の7月までに剪定しておくとよく咲くそうですが、樹が高くなって届きません。生長するにまかせています。

 でも枝先の黄色が濃くなってきました。サンシュユより早く咲きます。
 
 推理小説作家の西村京太郎が亡くなりました。「おもしろいおじいさんだった」と思い返しています。
 ぼくの本棚には西村京太郎の本が一冊あります。『15歳の戦争』……陸軍幼年学校「最後の生徒」(集英社 2017年8月刊)という本です。一度図書館で借りて読みました。もう一度読みたくなって古本を購入しました。36円だったか。
「軍隊に召集されると新兵はなぐられる。いじめられる。陸軍幼年学校の生徒になっておけば、その災難からのがれられる」。
 15歳の西村京太郎少年は、昭和20年に陸軍幼年学校を受験し、百倍の狭き門をくぐりぬけて合格しました。4月に入学し、8月でおしまい。わずか5カ月の生徒でした。
 彼はそれから苦労の連続でした。人事院の職員(公務員)になったけど、東大出でないと出世できない。人事院をやめて小説を書こうとしました。しかし、なかなか芽が出ず、競馬の警備員/私立探偵/などいろんな仕事をしました。おもしろいので引用してみます。


 この頃、一番人気のあった作家は、松本清張で、『点と線』が、ベストセラーになっていた。2時間くらいで読み了えたので、「これなら、自分にも書ける」と、錯覚した。読むのと書くのとは、大違いなのにである。一日も早く、プロの作家になりたいので、あらゆる懸賞小説に応募した。純文学、ミステリー、歴史小説の懸賞にも応募した。ところが、全く、手応えがない。それも、一次審査にも通らないことが、続いた。 
 (人事院をやめた)困ったのは、母親のことだった。父親が頼りなかったから、官庁勤めをしている長男の私を、頼りにしていた。そんな母親に、人事院を辞めたとはいえないので、そのことは内緒にしていた。退職金が、だいたい月給の一年分貰えたので、その中から、毎月25日に、一ヶ月分を母親に渡すことにした。

 
 ※ 売れない作家志望の西村京太郎が売れ出したときは48歳になっていました。その間いろいろ苦労しました。
 
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軽自動車のバッテリー上がり

2022年03月05日 17時38分02秒 | 古希からの田舎暮らし
 昨日「スーパーに買い物に行こう」と軽自動車のエンジンをかけたら、ウンともスンともいいません。バッテリー上がりです。
「そういえばドアのボタンを押して開錠しても、反応にぶかった」と思い当たります。新車で買って4年すぎたところですが、冬で電池は冷えてるし、コロナで車に乗る日は少ないし、充電できてません。走行距離は4年で23000キロ。わずかです。
 買い物は軽トラで出かけました。軽トラはバッテリー上がりをふせぐために先日1時間ドライブしました。口吉川町をあちこちトロトロ走ったばかりでした。乗用車のほうは意識しませんでしたが、走って充電する機会は少なかったです。
 さいわい、数年前に買った安物の充電器があったので、それにつなぎました。電灯線からとるのですが、すごく時間がかかります。途中からエンジンをかけて充電してもよかったけど、電灯線からずっと充電しました。
 今日も朝から充電して、合計8時間もかかったかな。大丈夫か確かめるためにドライブしました。といっても近くの田舎道だけです。まず豊地のほうに走って、瑞穂のほうに曲がり、みなぎ台を通って20号線を帰ってきました。
 かくして一日がおわります。人生も暮れていきます。
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『魚の棲む城』を読もうかな。

2022年03月05日 02時49分40秒 | 古希からの田舎暮らし
 平岩弓枝の小説を借りてきました。いっぱい本を書いてるし、どれを読めばおもしろいか、わかりません。題名になんとなく魅かれて、『魚の棲む城』という本にしました。
 近ごろは小説の中の人物が、なかなか自分の中で立ち上がりません。人物像を読んでも、未知の人は苦手です。そこで読む前に「書評」を見ることにしています。この本は田沼意次が主人公のようです。
 田沼意次といえば「江戸幕府でワイロをいっぱいもらった老中」というイメージをもっています。学校の歴史で習ったかな。そんなことまで教えないか。しかし、池波正太郎『剣客商売』のテレビドラマを見ると、田沼意次はいい感じの老中です。(藤田まこと主演の「剣客商売」)この本でも「いいように書かれてる」みたいです。そんな本がいい。
 今野敏の小説をときどき借りますが、一番はじめに読んだのは『マル暴警視総監』という本でした。警視総監が身分を隠して警察の様子をさぐるのですが、ちょうど『暴れん坊将軍』の現代版みたい。将軍・吉宗が庶民の姿になって町に出る。あの設定と同じ。あり得ない設定です。でも面白い。クスクス笑いながら読みました。老人になると、現実離れしても明るい小説がいい。
 
 
 
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〈ひとの死〉を厳粛に胸にうけとめる

2022年03月04日 03時24分27秒 | 古希からの田舎暮らし
 今日も『小説 東条英機と米内光政』を読んで一日を過ごしました。上下巻で1000ページ近い大部な本で、読むのに時間がかかります。今日読んだところで「〈ひとの死〉を厳粛に、深く、うけとめよう」と思いました。その部分を引用します。


(昭和20年)4月12日、ルーズベルト米大統領が脳溢血のため急死した。
 チャーチル、スターリンとの三首脳によるヤルタ会談の疲労が蓄積していたらしい。
 ソ連軍はウィーン、ベルリンにせまっていた。追いつめられていたヒトラーは、ルーズベルトの死をきいて狂喜し、
「運命は史上最大の戦争犯罪人を地上から消し去った。戦争の転回点がきたのだ」
 と全軍に檄をとばした。
 対照的に(日本=大日本帝国の)鈴木首相の談話は格調高かった。
「大国の大統領閣下の死去にたいして、深甚なる哀悼の意を表する」
 同盟通信の記者が世界に配信した。ヨーロッパで最悪だった日本の評判が、おかげでほんの少々もちなおした。


 戦争相手国の大統領が急死したら、なにかののしりたくなる。ヒトラーでなくても。それを「哀悼の意を表する」と伝えるのは〈人間の品位〉です。「一人の人間の死」を、その人の全生涯の重さを感じながら胸にうけとめることです。ぼくは、そんなところが安易に流れてはいなかったか。反省しました。
 84歳ともなると、先輩/同年配の仲間/後輩/親や兄弟/身近な人/が、つぎつぎと亡くなります。それを「あいつも死んだか」「オレもそろそろだな」と、ふわついた調子で思っていなかったか。自分の生きてきた時間は、そんなに軽いのか。他の人の死も同じです。その重さを感じようとする人間でありたい。
 ひとはみな、いずれ、かならず、死にます。その生きてきた道・そして死を真っすぐ見つめる「ひと」でありたい。
 そんなことを思いました。
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〈軍隊の上層部〉〈政治の重臣たち〉のレベルの低さ

2022年03月03日 02時39分19秒 | 古希からの田舎暮らし
 昭和19年になると日本軍は負け戦がつづき、「この戦争はもう駄目だ」とささやかれるようになりました。その頃の東条英機や近衛文麿たちを、『小説 東条英機とy内光政』では次のように書いています。

(※ 昭和19年のはじめ頃)
 最近、近衛文麿、木戸幸一、松平康昌ら宮中グループが戦争終結の相談をはじめた。
 東条内閣はやがて総辞職に追いこまれるだおろう。  (中略)  和平を申しいれたら連合国はきびしい条件を突きつけてくるだろう。譲歩するのは辛い。だが、もう戦争の帰着するところは見えた。このままでは日本は立ちなおれなくなる。
 宮中グループの以上のような相談内容は、憲兵隊によっていちいち東条にもたらされる。(※ 東条は、首相/陸軍/憲兵/をにぎっていました)近衛らは反内閣の運動こそはじめていないが、その自壊を待っていた。
「東条には有能な人材を活用する度量がない。身辺には茶坊主のみおいて、見識ある人物の意見に耳を貸さない。あまりに独善的だ。このままでは戦局は悪化の一途をたどり、国内は混乱し、国体が危くなる」
 近衛はそう東条を批判しているらしい。
「あのお公家(※ 近衛文麿のこと)は反戦主義者だ。いつかかならず思い知らせてやるからな」
 側近に東条はそううちあけていた。
 (中略)  戦争に異をとなえたり、妨害したり、厭戦気分をあおったりする者は断固として排除する。不動の信念で東条は憲兵政治をおしすすめてきた。これだけ強権をふるった内閣は初めてだと批判されたが、すべて勝利のためだった。

 ※ この文の数十ページあとにはこう書かれています。

 東京では近衛、岡田らによる東条追放の密議はくり返されていた。
 このころ近衛は東久邇宮と会い、このまま東条内閣を存続させようなどと急に変節したような意見をのべている。
「内閣を替えても戦局が好転する見込みがないなら、せっかく東条がヒトラーとともに世界の憎まれ役になっているのだ、全責任を負わせるべきではないか」
 アメリカは陛下の責任を問うかもしれないが、東条に全責任を押しつければ、多少とも皇室への影響を緩和できるはずだ。いまから終戦まで首相が2,3人交替すると、だれが責任者かわからなくなる。
 近衛は本気で力説した。支那事変を拡大させ、三国同盟をむずび、軍に南仏印進駐をゆるした自分の(※ 近衛文麿の)責任もすべて東条におっかぶせる気でいた。宮中で鍛えた処世術というものだろう。当の東条は律気にひたすら努力をつづけ、焦燥のあまり判断力に狂いの出かかった状態にある。 


 国民は、衣食を切り詰め、憲兵におびえ、働き手を軍隊にとられ、戦地で戦っているのに、こんな暗闘をしているのか。
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〈寒肥〉そっちのけで本を読みました。

2022年03月02日 17時42分28秒 | 古希からの田舎暮らし
 1,2月が寒肥の時季なのに過ぎてしまいました。でもまだ間に合う。しかし今日は読書の一日でした。外に出たのは〈バードフィーダー〉に餌を入れたときだけです。

 写真のように水をかえて、餌入れに粟粒を入れます。少ないようですが、餌台の床にまいておきます。スズメたちは床から先に食べます。大部分の粟粒は地面にまきます。

 『小説 東条英機と米内光政』を一日ずっと読んでいました。少し引用してみます。

※ 連合艦隊司令長官・山本五十六が戦地前線に視察に向かう途中、暗号を解読して待ち伏せしていた米軍飛行隊に急襲され戦死しました。そのことで東条英機は海軍に対して問いただした場面です。

 山本が海軍にとってかけがえのない人材であることはわかっている。その男を喪ったのだ。日本の前途に黒い入道雲が湧きだしたような不吉な予感が胸にきざした。
「待ちぶせされたのではないか。海軍の暗号が解読されているのかもしれないぞ」
 情報担当の(海軍)軍令部第四部へ東条(英機=総理大臣・陸軍大臣)は秘書官に問合せをさせた。
「暗号が解読されたなんて、そんなことは絶対にあり得ません」
 第四部は自信たっぷりだった。
 すでに海軍の暗号は解読されていたのだが、まるで気づかなかったらしい。
 外務省の暗号電報が昭和16年初頭にはほぼ完全に解読されたのにつづき、海軍の暗号も昭和17年の初めには解読されていた。ところが陸軍の暗号は最後まで鉄壁であった。
 陸軍暗号のレベルが大学生だとすると、海軍暗号は中学生程度だったといわれる。海軍が有限乱数を使用したのに対し、陸軍は最重要の電報に無限乱数(一回だけ使用)を用いたことから差が生じた。航空分野の「海の荒鷲、陸のニワトリ」は暗号においては逆転していたわけである。
 ※ 初頭の雌雄を決する〈ミッドウエー海戦〉では暗号解読されていて、日本海軍は完敗した。

 ※ この本の引用はつづけます。
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読書/タイピング/電動ウォーカー

2022年03月01日 18時29分08秒 | 古希からの田舎暮らし
 寒い雨の日は外に出られません。やることといえば、読書する/パソコンでタイピング練習/電動ウォーカーで歩く/くらいしかありません。今日は裏山でたき火/焼き芋もできません。やったことは。
 朝食後電動ウオーカーで2キロ歩きました。今日のノルマは達成です。でも一日中ほとんど動かないので、夕方まだ体力がありました。そこで入浴前にも「少し歩こうか」と電動ウォーカーにとりつき、結局2キロ歩きました。
 先日から文章のタイピング練習がたのしくて、パソコンで文章を打っています。検索して出てくる「毎日タイピング練習」には長文編と短文編があって、たくさんの文章がついています。こんなコーナーが前からあって、多くの人が練習していたんだ。やってみると、たのしい。気分がいい。ちょっと検索すれば、すぐ利用できたのに、知りませんでした。
 このブログをフェイスブックにすることも知りません。みんなが利用したり、たのしんだりしているのに、「オレの人生はここまでにしよう」という気持ちです。しかしタイピング練習みたいに、ずいぶん「遅ればせに」利用することもある。
 いつまでパソコンにさわるかわかりませんが、この「ためらい」は最期までつづくでしょう。「それでいい」と思います。
 
『神の国に殉ず』下巻を今日も読んでいます。ついに日米戦争が開戦に。はじめは調子よくいったけど、すぐに負け戦になります。そこまで読んだところです。
 映画には西部劇や時代劇のように『戦争映画』というジャンルがあります。戦争にからむ人間ドラマは別として、「武器をもって戦う」映画があります。そのほとんどが第二次世界大戦の映画です。アメリカが作っても、フランスが作っても、イギリスが作っても、ソ連/ロシアが作っても、ほかの戦勝国が作っても、「戦争して勝つ」映画です。日本とナチス・ドイツ(イタリアも)が作る映画は、敗ける映画ばっかりです。「はじめの頃に、ちょっとだけ、勝つことがあった」としても、どうせ敗けるのだから映画になりにくい。
 ナチス・ドイツがやられる映画は、それなりに面白く見ます。「ナバロンの要塞」も「プライベートライアン」も「地上最大の作戦」も面白かった。どれも連合国が勝つ映画ですが。日本がやられる映画は、日本ではあまり。ぼくも面白がって見るわけにはいきません。
暗い、悲しい映画では気が滅入るし。もう人間同士の戦争は終わりにして、「過去の戦争だけ映画を見てたのしむ」というわけにはいかんかなー。イラクやアフガンの戦争を見ても全然おもしろくない。
 第二次世界大戦以降の戦争では、面白い映画はつくれない。


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