老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

490;生理的欲求と介護⑥ 「睡眠」ⅱ

2017-10-27 14:08:38 | 老いの光影
生理的欲求と介護⑥ 「睡眠」ⅱ 

寝る子は育つ、と言われ
赤ん坊はよく眠る
眠るのが仕事
赤ん坊と変わり
代わりに眠りたい

赤ん坊もよく寝るが老人もよく「眠る」
眠るというよりは寝せている介護の実態がある
80歳、90歳になると
1時間程度の午睡が必要な老人もいる

元気な老人はデイサービスでも寝ずに活動している

あるデイサービス事業所を訪れたら
全員寝かせられ 2時間ほど寝ている
眠りたくなくても寝かせる

その間介護スタッフは何をしているのか
休憩するスタッフと
家族宛の連絡ノートや本日のサービス提供の記載・記録をするスタッフ
しかし2時間も記録にかかるのかといえばそうではない

15人から25人までの定員のデイサービスは
午前中に入浴できるすべての老人お風呂を入れる
お風呂待ちの状態になり
多くは椅子に坐っているだけのデイサービスもある
そして昼食
昼食後は2時間余りの午睡
目が覚めたらおやつの時間 15:00である
おやつを食べ
30分から60分余りの申し訳程度のレクリエーションをこなし
16時から16時半には送迎車に乗り帰宅となる

これは最低のサービス提供である
老人は風呂と昼食を食べれば満足している、と思っているのだろうか

デイサービスでは椅子に坐ってもつまらないので 坐りながら微睡(まどろ)み、いつの間にか寝ている
寝ていると介護員から「寝てはだめよ」と声かけられるも
別に余暇活動のプログラムなし
民放やカラオケの音が流れているだけで
誰も観たり聴いた入りする人はいない
その上午後は2時間の午睡があり
体を動かす時間がないため
夕食後なかなか寝付かれず
22時過ぎても眠れず起きている
認知症老人のなかには
体力が余り夜中に徘徊しだし 困り果てるのは老いた介護者

寝ないということで
かかりつけ医から眠剤が処方され服用
悩みや不安があってどうしても眠れないときは眠剤導入を否定するつもりはない
老人の場合は諸刃の剣であり、眠剤の使い方を誤ると
朝起きても頭が「ぼぉ~」とし、認知症の症状が悪化したり
また、足元がふらつき転倒のリスクもある
眠剤を服用する前にどうしたら眠れるのか
そのことを考えていくことが大切。

上記の流れは、介護施設(特別養護老人ホームなど)においても
そう違いはない
。(すべての介護施設がそうだ、書いている訳ではない)
特別養護老人ホームは生活の場であるのだが
「日課表」にそって「介護業務」が流れる
朝眠くても5時過ぎ頃から起こされ、おむつ交換をしたあと車いすに座らせ
ホール(食堂)まで移動しテーブルの前で1時間余り朝食待ちとなる

夜は眠くなくても夕食後には
歯みがき、おむつ交換などを行ったあとベッドに寝せられる


介護の世界において眠る、睡眠をどう位置付けられているのか
朝眠くてなかなか起きれない人は寝かせる
夜はせめて21時位まで起きていたい老人は起きてもいい

眠たいのに起こされる
眠むくないのに寝かせつけられる
生理的欲求に反する睡眠の「ケア」は老人にとり迷惑でしかない


批判するのはたやすい

488;老いの風景〔4〕 「直立歩行と老人」

2017-10-26 14:54:22 | 老いの光影
 老いの風景〔4〕 「直立歩行と老人」

社会科(歴史)で習ったのかな
人間と猿の決定的な違いはどこか
直立歩行ができたことにある

猿だって歩くではないか、でも手と足の使い分けは完全ではなく、両手を着いて歩いている
猿で混乱するのであれば、人間と牛馬の違いは何か 直立歩行

直立歩行になったプロセスは省略させて頂く
人間は直立歩行になったことで
両手が自由になった。
自由に使える手は、石を掴み、採集した果実を打ち砕いたり
石に棒をつけるとハンマーになり、尖った石に棒をつけると槍になる
自由になった手で道具を作りだしていった。


エンゲルスが著した『猿から人間になるについての労働の役割』(大月書店 国民文庫)のなかで
猿から人間になったのは、労働が果たした役割の大きさと重要性を指摘している。
19のときにこの本に出会い、感激したものだった。若かったあの頃・・・・


赤ん坊の動作が目まぐるしく速いスピードで変化する
新幹線よりも速いスピードである
赤ん坊 仰向けから寝返り
寝返りの状態から這い這いをはじめ
這い這いから高這い
高這いからつかまり立ち
つかまり立ちから立つ(立位保持)
立位保持から歩く

個人差はあるが1歳2箇月前後には
歩けたときの乳児自身は大喜び 得意満面の笑顔
父親母親も大喜び 忘れられない人生の一場面である
立ち、歩く 
これはヒトから人になったことを意味し
パノラマの世界になり
乳児にとり好奇心がさらに拡がっていく
歩けること
それは目的をもって行動することに連なる
目的もなしに人間は歩くことはない
歩けることにより
人間は自由に行きたいところへ行ける

堀川清子さんが再び歩けるようになり
「本当にうれしい」と洩らした言葉の真意は
人になれたこと

自由になった手でカートを押し
陳列棚から商品をつかみカゴに入れられたこと

歩けるから買い物ができた
清子さんにとって
一時は歩くことも諦めた
それは赤ん坊のとき以外に経験したことがなかった
おむつをつけそのなかにオシッコやウンチをし
おむつの交換も
他者のお世話になったこと
屈辱的な気持ちになり生きる気力も失せた
あとでそのような感想を漏らした


普段何気なく歩いている人にとり
歩けることがどんなに幸せかは気づきもしない
何かの原因で歩けなくなった老人は
そこではじめて歩けていたことがどんなに素晴らしかったことに
気づくのである
歩けることを目指し
人間の生活をとりもどそう(人間回復)と
頑張っている老人もいれば
諦めてしまい、手足だけでなく心まで拘縮してしまう老人もいる
歩ける可能性を秘めている老人の力を引き出すのは
ケア(看護、介護)にかかわる人たちの責任は大きい

何気ない赤ん坊の動作のなかに
寝たきりになった老人の動作を変革していくヒントがある

487;老いの風景 〔3〕 「何げないことが大切」

2017-10-26 14:15:00 | 老いの光影
老いの風景 〔3〕
「何げないことが大切」
《 再び歩くことへの挑戦 11


今年の8月 寝たきり状態にあり、要介護5の認定通知を受けた
堀川清子さん(90歳)は、
自力歩行まではいかないが
手を握ってあげれば足並みをあわせながら歩けるようになった
昨日
デイサービスの帰り路
スーパーに立ち寄る
カートにつかまりながら陳列台に手を伸ばす
一緒に夕ご飯のおかずを買ったときの
笑顔満面「うれしい」の呟き
彼女の頑張りで
寝たきり状態からの脱出
再び歩くことに挑戦してきた彼女


清子さんは
こうしてスーパーで買い物をし
食べたい物を手に取り
レジで支払いをする

人間歩けることは当たり前のことであり
歩けることの意味を考えたりすることもない
交通事故や病気などで
寝たきりになり歩くことができない、と認識したとき
本当に歩けなくなった自分は惨めであり絶望になってしまう
その後、本人の頑張りと周囲のサポートにより
不死鳥の如く 再び立ちあがり 立ち そして一歩、二歩、三歩と足を踏み出し
再び歩くことができたときの気持ちは
寝たきりになった人でなければわからない


人間にとって「歩く」とは
どんな意味があるか

次号のブログに書いていきたい

☆連載中「生理的欲求と介護」は、近いうちに書きます。
☆連載中「上手な介護サービスの活用処方」第27話も近いうちに、ノビノビデ

486;老いの風景 〔2〕 「すべてを捨ててきた」

2017-10-25 15:16:24 | 老いの光影
老いの風景〔2〕
「すべてを捨ててきた」

60歳の声を聞く頃に
自動車運転免許証が取り消しされ
車の運転はできるのだが
車のハンドルを握ることができなくなった

息子から「人間失格」と罵倒され
唾を吐きかけられた父親
無言のまま家をでたまま
帰らぬ人となり
家族も仕事に纏(まつ)わる人も断ち切り
すべてを捨ててきた
そこで人生が終わった

男は人里知れぬ山峡に移り
屋根も壁も傷んだ枯葉のような平屋に棲んでいた
人生再スタートしようと
ハローワークで職探しするも
あるのはアルバイトや日雇い
いまは年金暮らし 自慢にも定期預金は零
居間には時代遅れのテレビが置かれ
向かい側の壁には日焼けた文庫本が無数に高く積まれていた
他にある家電は冷蔵庫と洗濯機、掃除機のみ

身寄りのないひとり暮らし老人として
村役場に登録され 訪れる人は地区の民生委員と郵便配達
ふらつきと躓きが目立ち転ぶこともしばしば
物忘れもではじめ 
しまい忘れ置忘れがあり
物を探すことに時間をとられ
それが日課となった初老の男
民生委員の勧めで要介護認定を申請したところ
「要支援1」のお墨付きを頂くも
生活苦は変わらず
忘れた頃にケアマネジャーという
カタカナの肩書を持った年齢不詳の背が低い男性が訪問する
訪問者がひとり増えた

男はわずかな年金額から
夏目漱石をひとり取り出し缶箱に入れ
夏目漱石が12人になると
紅葉の季節 温泉のひとり旅を愉しむ

故郷の墓地に骨を埋める気持ちもなく
最期は朽ちた吾身を献体に捧げ
無縁墓地に眠りたい、と
老人は聴き取りにくい言葉で
私に話す
辺境の地に無名の老人が生きていたことを
無縁仏になっても
覚えて欲しくて
私に話したのであろうか






485;老いの風景 〔1〕 「金の無い老人・金の有る老人」

2017-10-25 05:26:53 | 老いの光影
老いの風景〔1〕 
「金の無い老人・金の有る老人」

若い父母が酒に呑まれ酒に溺れ
軽自動車が信号機の支柱に激突大破
1歳の子どもが夢や希望を抱かぬうちに
亡くなり、悲痛としか言いようがない。

親の自覚の無さから子を死なせてしまった。

子どもの話から一転して老人の話に変る。

人間老い
病いや不運にも骨折などに遭遇し
誰かの手を借りなければ生きていけなくなったとき
さまざま人間模様や老いの風景が映し出される。

年金額のない老人には
人は寄ってはいかない。
ひとり暮らしの男性老人が
ひと月に20万円前後の年金額を持っていようものなら
水銀灯に蛾が集まるが如く
男性老人の家を出入りし世話をやく。
金が無くなれば寄りつかず
年金が入れば出没する。
40年余りまえに妻を亡くし
子どもとの関係も疎遠のまま
寂しい老後生活。
週3回の血液透析を受けている我が身。
この先自分はどうなるのか
どう生きていけばいいのか
ベッドに寝るとき
不安が募り寂しさが増し心細くなる。
数百万円あった定期預金も二人の娘に解約され手元には一円もない。
老女は、男性老人の年金が振り込まれる通帳・印鑑・カードと金銭の管理をお願いされたので、
預かってもいいですか、だめですか、と尋ねられても・・・・。

ひとり暮らしになった老いた男は
ひとりで生きていく気力と生活力がなければ
蛾や蟻が集り、吸い取られ貧しい生活を送らざるを得なくなる。

老い弱くなったとき
老人はつい我が子に預金、印鑑、カードなど全財産を渡してしまう。
子どもに全財産を渡した段階で
親子の力関係は逆転し、老親の力は失墜する。

今の若い親はどう考えているかわからないが、
親は可愛い子どものために財産を遺そうと思うものなのか。
親の金は子どもの金ではない(遺産分与を否定するつもりはない)。
老親にお金がなければ、寝たきりになったときお世話はできない。
老親にお金があるから、お世話をする。

お金がない親は、老人ホームに入所させるしかない、そう考える子もいる。

お金がなくとも親の面倒はみれる。それは、「介護の世話で働けない」という大義名分により生活保護を受け暮らす息子。
親の年金で一緒に暮らす閉じこもりの息子。

老い、寝たきりになったとき、どうするか
私の場合 最近あちこちに増えているサービス付き高齢者住宅に入居できるだけの年金受給額はなく
生活保護の額よりちょっといいだけの金額でしかない
要介護4または5の認定を受け、寝たきりや認知症になったとき
特別養護老人ホームに入所しようと思う。
個室(ユニット型)の特別養護老人ホームは費用が高いので
4人部屋の特別養護老人ホームを選び入所するしかない。

こうしてみると老いや介護は
他人事ではなく自分の問題でもあった。
年金額だけで老い方や老いの幸福が左右されるわけではないことは
頭ではわかっているが
実際に病気をしたときなどのことを考えると不安が渦巻く。
慢性疾患を抱えているだけに、老いを生きてゆくのは
若い時代以上にエネルギーと気力を持たねばならない。
生きている意味がない「社会の厄介者」と
思ってしまったとき「死」なのかもしれない。

老後において金は大事だが、やはり人の温もり、人とのつながりが大切なのかもしれない。
人が死で逝くとき、ひとりぼっちなのか、それとも傍らに手を握り看取ってくれる人がいるのか。
大金を老女に奪われ、厳しい形相をし無念の想いで亡くなった老人の顔を思い出す。
終わりよければ全てよし、といきたいものである。



461;再び歩くことへの挑戦 ⑩ 「すり抜ける」ことの怖さ

2017-10-08 10:06:33 | 老いの光影
 再び歩くことへの挑戦 ⑩ 「すり抜ける」ことの怖さ

437の続き

その後長男夫婦宅を訪れ、ベッドからトイレまでの住環境を見直しを行った
歩きたいという、清子さんの頑張りもあり
完全に寝たきりから脱却した

介助歩行は、腕を抱え支えて歩く状態から
軽く手を支えるまでになった

ベッドから降りてから廊下までつかまるものがないので
据え置きタイプの手すりを置き
80㎝程度の廊下幅の柱にも手すり
トイレの出入り口と中にも手すりを取り付けした

いまは
紙パンツやズボンの上げ下ろしの訓練をしている

まだ一人では確実に安全に歩くことはできていないだけに
一番転倒が心配な時期
まして長男夫婦の支援が希薄なだけに
彼女がひとりでトイレに行ってしまうことと
「もう歩けるようになった」と自信を持たれること

清子さんに限らず
まだ歩くことが不安なとき
どうしても目の前に手すりなどつかまるものがあると
手が先に伸び 体がついていかない
そうすると
手すりをつかまもうとしたのに
目測を誤り
するりと 手が すり抜け
その拍子にばらんすを崩し転倒してしまう

手すりの近くまで歩き、手すりが届く位置になったら
手すりをつかむ
そう声かけをしても
つい手すりをみると
手が先に行ってしまう

459;人間、生きていくには水と散歩が大切

2017-10-07 20:09:17 | 老いの光影
人間、生きていくには水と散歩が大切 

認知症老人は大切なことを教えてくれる
ケアスタッフから電話が入る  
職場からは48km離れた処に居て すぐには行けずもどかしかった
鈴木在人(スズキ アルト)さんのSpO2は「95」あるのだが、血圧が100を切り84/66で涎もでている 心配、どうしたらいいですか
低血圧が心配 涎も気になるが 少し様子をみてみようか。30分後もう一度バイタルを測定し電話をもらえるか
SpO2が「85」になったが、また「95」に復活した 血圧は103になった。引き続き様子を見る
30分もしないうち、スタッフから電話  
大丼い一杯のウンチが出たら、本人はスッキリした顔になり、元に戻った

それは良かった。安心しました。ありがとう。水不足と運動不足で便秘だったんだね

認知症老人は
喉が渇いても水を飲むことがわからない
その上一人で外に出てはいけない、と
歩くことを止められてしまう
これでは便秘になるのは自明の理だ
水と運動(散歩も含む)が不足すると
便秘になる
水分が不足すると便は硬くなってしまい
酷いときには大腸のなかで便が動かなくなってしまう(それを宿便という)
運動不足は
体が眠ってしまう
大腸の動きも止まり、便秘の環境ができてしまう

人間、健康な体で生きて行くうえには水と散歩が大切であることを
在人さんは 体の異変を持って私たちに教えてくれた

458;昔から老人は働き者だった

2017-10-07 18:03:26 | 老いの光影
昔から老人は働き者だった

お爺さんは 山へ芝刈りに行き
お婆さんは 川へ洗濯しに行った

昔も今も変わらない
定年後も働かねば
暮らしていけない今の世の中

年金受給額で決まる
老後の生活水準

年金受給額だけで
幸福か 不幸か
決めることはできないが
幸福の価値基準は
人それぞれ

私の場合は 体と頭が動くまでは働く
働けど働けど我が暮らし楽にならず
石川啄木を思い出す

 

449;上手な介護サービスの活用処方 第18話「認定調査の項目」⑯

2017-10-04 16:13:33 | 老いの光影
 上手な介護サービスの活用処方 第18話「認定調査の項目」⑯

3-3 生年月日や年齢を言う(能力)

1.できる
2.できない

ここでいう「生年月日や年齢を言う」とは、
生年月日か年齢かのいずれか一方を答えることができることである


1.質問されたことについて、ほぼ正確な回答ができる場合をいう
2.質問されたことについて正しく回答できない、あるいは、まったく回答できない場合をいう
・回答の正誤が確認できない場合も含まれる


・実際の生年月日と数日間のずれであれば「できる」を選択する
・年齢は、2歳までの誤差で答えることができれば「できる」を選択する

・年齢は数え年齢でも満年齢でもかまわない

認知症高齢者の場合 実際に接していると
年齢を正しく答えることができなくても
生年月日は正しく答えることができる 方が多い
生年月日は小学校のときから長い期間にわたり 書類記載や聞かれることが多く
すりこまれ記憶していることから、認知症があっても答えることはできる
本来ここでは、年齢のみを質問された方がいいのかと思うが
実際の認定調査項目は、生年月日も対象となっているから仕方がない

認知症高齢者は、年齢は忘れても生年月日は覚えている

448;かかりつけ医

2017-10-04 12:03:40 | 老いの光影
 かかりつけ医

私自身 6週間毎に自治医科大学附属病院腎臓外科に定期受診している
高熱を出すと腎臓に大きな負担(リスク)を背負い
下手すれば人工透析に逆戻りしかねない
しかし、自宅から自治医科大学附属病院まで
高速道路を使い90分ほどかかるだけに
身近な町医者(かかりつけ医)をみつけ
微熱や体調が悪いときなど受診できる医院(クリニック)を見つけるとよい
幸い腎臓移植を経験された腎泌尿器科内科クリニックが近くにある

いま担当している95歳の男性老人は
腎臓癌、神経因性膀胱炎、心房細動、認知症の疾病があり
膀胱留置カテーテルも行っている
自宅では極端に水分を摂っていないため微熱が続いている
(ゼリー等摂るとよい、ことも長男夫婦に話す)
心疾患もあり、昼寝をしているとき酸素濃度(SPO2)が90を切ることもあり
自宅やデイサービスで寝ている間(時間)に、すう~と 息を引き取る場合もある
そのようなとき 119にかけ救急搬送を行うこともあるが
場合によってはかかりつけ医を呼んだ方がよい場合もある

95歳の男性老人の場合
現在、市内の総合病院の第2内科と泌尿器科を受診されている
先日在宅訪問を行う
長男夫婦と話し合いを行い、定期受診をかかりつけ医に変更されることに同意され
翌日、腎泌尿器科内科クリニックの院長に電話
担当医になって頂き、看取りまで行えるかどうか、
結果OKとなり
後日、本人・長男は総合病院から発行された診療情報提供書を持参し
腎泌尿器科内科クリニックを初診(以降定期受診)する日時まで調整した
ケアマネージャー(私)同席の了解も得た

いざというとき理解あるクリニックの医師の方が動きもよく助かる
勿論入院が必要なときはかかりつけ医から総合病院への入院もスムーズに行えるようにしておく
いままで受診されていた総合病院の泌尿器科、第2内科の医師とも関係が悪くならないよう気をつかわねばならない
それが一番やっかい
医師はプライドが高いだけに 担当医から町医者を紹介される場合は問題はないが
こちらからかかりつけ医を変更したい、という場合には
担当医のへそを曲げない、つまりご機嫌を損ねないようにしないと
救急搬送のとき診てくれなかったり入院を拒否される心狭い医師がいる
医師との連携はストレスが溜まる

10月13日、総合病院の医師との話し合いが待っている 
外来受診時同席を家族からお願いされ、
お蔭で認知症の研修会は欠席せねばならなくなった

446;渇水

2017-10-03 11:59:46 | 老いの光影
 渇水

95歳になる男性老人が生きている
自宅では
一日に 湯呑茶碗一杯も飲んではいない
渇水のような状態で過ごしている

デイサービスではじめて水を飲む
体に水が沁み通っていく
喉が渇いても
水を飲むことを忘れたのか
疎まれながらも老人は生きている

440;寒くなりました

2017-10-01 05:44:09 | 老いの光影
 寒くなりました

暦は《10月》に変わった
私は変わらずのまま
《10月》の暦をめくると
枯葉舞い山に雪の冠となる

紅葉が素敵な季節となり
紅葉が素敵に映るか寂しく映るかは
そのときの心模様で違ってくる
秋の夕暮れ時も紅く染まり
家路に向かう烏の鳴き声は
耳にすることもなくなってきた

これから老い往く人にとっては
インフルエンザが強敵となる
秋から冬 冬から春まで
寒さで体や心までが縮こまる
死神を振り落とし
寒い季節を乗り越えてもらいたいと願う

437;再び歩くことへの挑戦 ⑨

2017-09-29 04:43:12 | 老いの光影
黒い雲と陽ざし/暗雲は立ち込めて欲しくない

 再び歩くことへの挑戦 ⑨

本人の自立支援と同居している長男夫婦との軋轢

堀川清子さんの自立支援は
思いがけないところで暗礁に乗り上げた
本人(姑)と長男嫁の軋轢は予想していたが
民生委員をしている長男までもが
清子さん(母親)が歩けることに対し
よく思っていなかったことに 失望した
長男はいまも民生委員(4年目)をしていた
母親が歩けるようになったことは
実は 喜んではいなかった

まだ歩けると言っても
誰かの手を必要とする

(一部介助を必要とする)
清子さんは
長男は快く手助けをしないことを感じ取り
また迷惑をかけては申し訳ないと思い
ベッドから起き出し数メートル先にあるトイレまで歩いた
私自身も転倒したら
何もかも振り出しに戻るどころか
寝たきりになってしまうことを恐れている
(大腿骨骨折など)
長男は転倒し骨折になり
自分たちにとり
また手がかかることを恐れ
「じっとベッドに寝ていろ、歩くな」
「紙おむつのなかにオシッコをしろ」と強い口調で怒る

小さな親切、大きな迷惑だと思っていたのか
歩けるように目指していたことが

確かに自立支援の問題は
本人と家族との間には軋轢や確執がある
本人がふらつき歩くのであれば 歩く訓練をせず寝たきりのままがいい
おむつ外しは そのたびに本人から「トイレに行きたい」と言われ 夜間の場合起きなければならない
特に寒い冬のときや仕事をしながら在宅介護をしているときは辛い


デイサービスや介護施設は
介護スタッフが他にもおり おむつ外しは一人だけではないから 負担は少ない だからできる
ということも家族の気持ちのなかにはある

清子さんは
いま歩けることに大きな喜びと大きな生きがいを抱いている
まだ自立歩行ではないが
早く自分の足で 自分の力歩きたいと
紙おむつのなかにオシッコはしたくない
まして大便はなおさらである
洋式便器で排せつができる 喜びは
寝たきりになった人でないとわからない、と彼女は
わたしに呟いてくれた
本当にそう思う
清子さんは話す
寝たきりになったとき
90年も生きてきてこれほど辛いことはなかった
日々天井の裏板が何枚あるか数えるだけで何もできない
ただ寝ているだけの自分は惨めだった
家にいても辛いしつまらないから
毎日デイサービスに来たい


私自身も紙パンツや紙おむつをつけ
2回ほどオシッコをし、そのまま4時間ほど
オシッコで濡れた紙パンツをはいたこともあった
在宅介護者は除き
仕事として介護に従事されている方は
一度紙おむつを体験されると 介護観が変わる

デイサービスのスタッフは
朝清子さんを迎えに行くと
紙パンツはびっしょり濡れたままのとときもあった
着替えの用意もなく
食べ終えた食器もオーバーテーブルの上に放置されたまま
長男嫁は見送りにも出てこない
長男は仕事に出かけ不在
長男夫婦にとっては清子さんは疎ましい存在でしかないのか

ただこのままの状況におくこともできず
まずは歩けることをめざしたケアプランに長男は同意し署名押印はしたが
実際はそうではない、とあからさまに長男に話すことはできないにしても
清子さんが歩けるようになったことの意味
本人はどんな思いでおられるのか
紙おむつの介助よりも
歩行介助の方が
いかに介護負担が少ないのか
理解して頂く以外にはない
じっとベッド寝ていることが
如何に辛く非人間的な生活になるのか
説得というよりは
どうしたらわかっていただけるか

読者の皆様からのアドバイスも頂ければ幸いです

436;独り暮らし

2017-09-28 11:22:33 | 老いの光影
那須連山・阿武隈川上流・夕陽

 独り暮らし 

人間は勝手な生き物であり、家族や同僚が煩わしく感じ、独り(孤独)になりたいときがあります。
しかし、現実に暫くの間独りになると、寂しく人恋しくなってきます。
人間は独りでは生きていけない存在なのかもしれません。

我が家で生まれ育ち、成人になった子どもたちは、
家を巣立ちそれぞれ独立し新たな家庭を築いていきます。
生まれ育った家には、老いた父母(高齢者世帯)だけが残り、
盆正月の時期になると、息子娘夫婦や孫たちの帰りを楽しみに待っています。

老いの先は「死の世界(あの世)」であり、
いま「この世」に生きている人は誰もが体験したことのない未知の世界であるだけに、
「あの世」のことはわからないのです。

本当に長い間労苦も喜びも分かち合い、生きぬいてきた二人は、
先にどちらかが「あの世」に旅立ってしまいます。
独りになってしまったとき、
特に男性の場合は日常生活における生活力の大小によってその後の「独り生活」が大きく左右されます。

独りになってしまった老いた自分と
独り身のまま老いた自分とでは、
「独りで暮らす」仕方は違って来るのではないかと思っています。
老いはその人の生きてきた姿とも重ね合うものがあります。

山が見える故郷には老いた母親が独り暮らしています。
独り暮らしを案じた長女は、東京に戻られた日に、私のところへメールが届きました。

「母の様子から、多少の物忘れはあっただろうとは思いますが、実際もそうかもしれないと感じる場面もあり、とても心配でした。泣いてばかりいる母を見て、本当に切ない思いでした。今まで、苦労して4人もの子供を育てても、世話をしてくれる子供が居ない事に不憫にも思いますが、少しでも残り後わずかな時間を楽しく過ごしてくれればと思っております。また、常々母の安否についても、このまま誰にも気づかれる事なく死んでしまうかもしれない事に心配しておりましたが、ケアマネジャーやデイサービスとの関わりにより、そのような心配が軽くなり、大変感謝いたしております」。

老いの年齢を幾つも重ねた母親が、
転ばぬ先の杖一本に身をまかせ、
覚束(おぼつか)ない足で玄関先の石段を降りていきます。

北の国では晩秋から石油ストーブは欠くことのできない暖房器具です。
赤くなった半球は、仄かな火を揺らぎながら独り暮らしの寂しさに温もりを与えてくれているかのようです。
火を点けたまま灯油を入れたり畳の上に灯油を溢れたりして、
引火しないかと心配しているのは、(遠く離れた処で住む)長女だけではありません。

『人』という漢字を見ると、お互いに「支え助け合う」という意味を持っています。
送迎車で自宅に着いたときや在宅訪問したときに、
デイサービスのスタッフは(ストーブの)給油タンクの針にも気をつかい、
灯油を注ぎ足すことも支援の一つです。
何気ない見守りの積重ねによって、独り老人が住み慣れた家で継続して暮らすことを保障していきます