老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

12;親の人生 子の人生

2017-04-13 08:09:00 | 介護の深淵

いまNHK連ドラ『ひよっこ』が放映されていますが
昭和39年 東京オリンピックが開催された当時
私は小学6年生のときで 蝦夷富士の麓で暮らしていた。
ランプ生活に別れを告げ ようやく電燈が点いた。
或る老人はこんなことを呟いていた。
「いまは便利がよく、生活は豊かになったけれど、昔は暮らしが貧しくても過ごしやすかった」。
大切なのは 物より心。時間の流れも遅かった。


平成元年 老人介護の世界に足を入れ、いまに至る。
20余年前に老女が話してくれた思いは、いまも変わらない。
それは、老人病院で看護助手として半年間研修をしていたときのことであった。

バンドが自由に伸び縮みのする古腕時計を見たら、
短針と長針が重なり、後2分少しで退勤時間の午後5時30分になるところだった。
93歳になる老女の手を軽く握り、
「また、明日もよろしくね」と言って
ベッドの傍から立ち去ろうとしたとき、
彼女は何を思ったのか、
ポッソと「日本の老人は寂しい。施設に居ようが、病院に居ようが、家に居ようが、老人は寂しい」と呟いた。
「日本の老人は寂しい」という呟きが、いまも私の心を疼かせている。

家があり 家族が住んでいても 家の中に住む老人は孤独
伴侶を亡くし 独りになっても 
自由気儘に暮らす孤独の方いい。
在宅訪問で そう感じてしまう
問題は最期どのような形で
自分の死を看取るか・・・

 

私自身も7年前
母を認知症グループホームから呼び寄せ
一緒に暮らしたが
途中からの同居生活は難しく無理があった
介護施設では認知症老人との関係づくりはスムーズにできたが
自分の親となると
感情が入り 思うようにいかなかった
最期 病室で母の手を握り見送ることはできたが
ふと「母の介護を振り返ると 親不孝だったのかな?」と、反省と後悔が入り混じるが、
もう親孝行はできない。
親孝行は 親が生きている間しかできない。
だからと言って 子は親に対して何ができるのか。
したいこと できること やれること は何か。
親の人生
子の人生
それぞれである。







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