家族と他人
自分の子どもの頃を思い出した。
自分には姉と妹がいる。
姉妹に文房具など大切にしているものを貸したがらなかった。
他人である同級生には、貸していたことがあった。
よく母から他人に貸せて、なぜ姉妹に貸せないのだ、と怒られたことがあった。
介護。
認知症になった他人の親とかかわり方は上手くいくのに、
自分の母が認知症になったとき、感情が先に出てしまい、
上手く関係がとれなかった。
急性肺炎で命を落としてから9年が過ぎた。
もっと優しい言葉をかけてやればよかった、と悔やんでいる。
息子としても人間としても「失格」であった。
最期、病室で母の見送りができたことが、せめてものの救いであった。
親の居るところに嫁ぎ、新婚生活スタート時点から舅姑と過ごし、
舅姑が要介護老人になった時の家族模様と
息子夫婦の家に認知症になった舅或は姑を呼び寄せ、同居したときの家族模様とは違い、
後者の家族模様の方が家族間の軋轢は大きい。
自分の母は関節リウマチを長年患い、物忘れも出てきた。
親を想う、親が老いていくほど親を想っている妻。
その妻も認知症になった義母に対しては、感情が入り乱れ、
自分に対し愚痴が多かった。
妻は実の母からは、義母の面倒をみる「それは妻のつとめ」だと言われていた。
自分自身、母と妻の板挟みの感じになり、妻の愚痴を聞きたくないがために、
認知症になった母に対し冷たい言動になってしまった。
他人には親切で身内には親切でない。
それは子どもの頃も9年前も変わらなかった自分。
・・わたしの中にも在る・・
普段は、見ないようにしているけれど、
だけど、しっかり、こころの底に沈んでいるもの・・
そして、目を向けると・・苦しくなるもの・・
高校時代など、古典の授業。。平安時代などは、
千年も昔のことなのに、
だけど、千年前の物語を理解できるのは・・
もしかしたら。。人間って・・「そういうもの」 なのかなぁと、
考えたことがありました。
星光輝さまの、おこころは、私のこころ。。
そして、みんなのこころ。。
* * *
頂いたお言葉、大切にします
Ray
ありがとうございます
こころの底をのぞいてみる
自分をみつめてみる
高校時代
古典の授業をしていて
つまらない、と思っていた
試験のための勉強
介護の世界に入ってから
いま
鴨長明の「方丈記」が
こころ打つ文章です
川の流れは
人生のよう
泡沫の如く
儚く消えてゆく