都城市の庄内町には100年前の明治中期の趣を残す石垣造りの町並みが残っています
明治の頃に作られた美しい石垣と建物が続く
庄内地区は梅が見ごろを迎えていた
こちらの門柱も見事な造形です
門柱に歴史を感じる
安永城跡の麓にある庄内小学校
樹齢400年のイチイガシの木と明治初期に庄内町の発展に尽くした都城地頭、三島通庸の碑が建つ
都城は薩摩藩時代に都城島津氏(北郷氏)の城下町として栄え、私領内に6つの外城(安永・山田・志和池・野々美谷・梶山・梅北)を構えた。外城の一つ、安永が現在の庄内町にあたる。安永城は、関が原の合戦の頃、都城で起こった「庄内の乱」のとき、都城とともに島津本家側と戦った歴史がある。庄内町は安永城の麓に郷士集落が形成されたと考えられる。
地方には知られていないが歴史的な町並みが残されているところが多い。庄内町もそんな地区
趣のある通りを散策するのは気持ちいい
庄内町に残る石垣は明治創建の願心寺の石垣を作った大工が庄内町に住み着き、周囲の屋敷の石垣を手がけたと言われています
(続く)