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2021 10/3拝観報告1(中書島 元遊郭から城下町を建築観察!清山くんが暮らす江戸時代の町家を拝見)


写真は、清山家 中庭。

日曜日です。
この日、最初はまいまい京都の東華彩館のツアーを申し込みましたが、見事に落選w
しかし予定がなかったので、先日の円町ツアーに続き中書島のツアーに参加しました。
こういうのって特に皆さんに直接耳寄りな情報ではないのですが、
その土地土地の歴史、来歴を知ることで、その地域のお寺や建物を回る時の下地の知識になるんですよね。
医学でいうと医化学とか生理学などの基礎医学みたいなw
当時は臨床じゃないから退屈でしたが(笑)、今になれば結構重要だったなあと思います。

さて9:00に中書島駅に集合。
参加者は18名程度。
もしこの後をちゃんと読むのであれば、中書島駅周辺の地図を見ながら読むと分かりやすいと思います。


まずは中書島駅からまっすぐ北に延びる道を進みます。
この辺りは本来の中書島の南側にある離れ小島だったそうです。
それが戦前に埋め立てられ市街化し、今は中書島繁栄会となっています。
本来の中書島との境目が長建寺のある道なんですね。

なのでここから先が昔の中書島という島で、遊郭街でした。
今はここからが中書島柳町繁栄会。
なので長建寺は中書島の南東端にあったてことなんですね。
そして北上してきた道は揚子江という中華料理屋で突き当たりますが、
昔はここにも遊郭の建物があったのが、南側の市街化で建物が取り壊され延伸されたそうです。

そこから北は道がクランク状に北に延びます。
これは北の道は伏見桃山時代の城下町時代からものである一方、南の道は戦前に南側から延伸したのでまっすぐにならなかったんですね、

この城下町の道の先には疎水に架かる蓬莱橋がありますが、その手前の公園に南端までが昔の中書島。
昔は川幅がもっと広くて、公園の南端まであったということです。

橋を渡った先が竜馬通り商店街。
昔の街道なので道幅が3mぐらいしかありません。
今の都市計画では消防上許可が出ない幅です。
なのでこの道沿いに新しく建物を建てる時は、道から1mぐらい下がったところに建てられるそうです。

そして道にアーケードが付きますが、ここからが納屋町商店街。
この左右が油掛商店会です。
納屋町商店街を直進。
かなり早い時期にアーケードを付けた商店街だそうです。
よく見ると何気にヨーロピアン調の意匠なんですねw

やがてアーケードがなくなった先が風呂屋町商店街で、この右手が 大きな大手筋商店街。
風呂屋町商店街って、もうあまり商店街感がないですよねw

毛利橋通まで歩いて、最後にやって来たのがツアーガイドさんのお家である町屋の清山家です。
内部も見学させて頂きました。
今でもお住まいで、なおかつ今住んでいる町屋を見て欲しいという思いがおありだそうです。
確かに見学用に設えられたところからリアルな生活は見えないですもんね。
ありがたいです。
また古い町屋が継承されにくい条件として、遺産相続の権利の問題があるってことも指摘して下さいました。
例えば元々祖父の持ち家だった町屋を後年継承しようとなると、権利がその子供、孫にも分散している可能性がある。
結局そこで維持管理するとなるといろんな考え方や権利が問題になり、更地にして土地を売却してお金を分配するっていうのが1番スッキリするのは想像に難くないですよね。

ツアーガイドさんのお話も面白くて、あっという間に12:00に。
ここで解散でした。
 
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