西の空は晴れている

絶望の向こうに希望がある............、はず!

箸墓古墳

2017-03-11 13:24:12 | 神社 古代

箸墓古墳。倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓と治定されています。二度目です。

随分前から、卑弥呼の墓説というのがあります。昨年訪れた時、僕の中では”邪馬台国は九州”だったのですが、ここ半年で”邪馬台国は畿内”に変わりつつあります。箸墓古墳については、台与(卑弥呼の後継者)の墓説も聞いたことがあるな。台与(とよ)→豊鍬入姫→豊受?古代史に付いては、いろいろな仮説を楽しめれば良いと思うので、絶対これだっていう風に決めつける気はサラサラ無いのですが、ぼや~っとした流れは自分の中で出来つつあります。「魏志倭人伝」の中で、”卑弥呼は長大”と書かれている。”長大”というのは、成人を表す場合と老齢を表す場合がありますが、仮に卑弥呼の墓だったとしても、後者だと卑弥呼はおばあちゃんだったことになり、妖艶の美女では無く、少し残念ですな。

247年3月24日と、248年9月5日に日食があった事が解っており、恐らくその時、日の巫女であった彼女に何等かの出来事があったのでしょう。

卑弥呼であれ、○○姫であれ、女性の陵墓であることはほぼ間違いない。箸墓古墳、側で見ると大きいですよ。日本書紀では、箸墓古墳について「昼は人が造り、夜は神が造った。」と書かれています。その位に、民が昼夜を通して総出で造ったということなのでしょう。それだけ、人々に敬愛されいた、或いは何かの犠牲になった女性(ひと)が埋葬されているということなんでしょう。この前に立つと、何かの為に犠牲になった方という感じを受けるんだよな~。



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2 コメント

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暇でして (生きる屍H)
2017-03-11 20:30:14
昔テレビやってましたけど 日をつかさどる巫女の卑弥呼が日食とは言え昼間を夜にしてしまうとは、これは面子丸潰れどころか切腹もの。テレビでは処刑されたと言っていたが私も同感です。そういえば神話にもそんなのがありましたね。これの事をそれ風に創ったのでは?
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日食 (くろ)
2017-03-12 07:37:46
247年の日食は夕方に起きたので、翌日、日が昇ったことで、卑弥呼は更に神格化されたのでしょう。問題は248年の日食。これは、午前4時51から始まり、5時47分にはほぼほぼ太陽は欠けてしまったので、大騒ぎだったでしょう。処刑されたか、自害したかは解りませんが、卑弥呼の死の後に、太陽が復活することで、伝説に。箸墓古墳の前に立つと、自害だったんじゃないかと思ってしまいます。卑弥呼は、南方系の顔というか、丸顔に厚めの唇、くっきり二重だったとか。(何でわかるねん?笑)自分、好き好き系ですねえ。因みに、自分は邪馬台国畿内派。そのうち、書くかも?
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