一昨日、沼田からの帰りの車の中での会話で、以前どこかに書いたことがある話題だと思いますが、大事なことを思い出したのでここに記しておきます。
たしか日下公人がどこかで書いていたことだと思うのですが、このことの出典ははっきりしません。
よく昔からお盆の季節などになると、今はこれまで亡くなった人が一斉に歩いてくるのだから、目には見えないけれども上は相当な混雑になっているのだろうなどと話したものです。
ところが、世界の人口統計などを見て冷静に考えてみると、
人口が爆発的に増えてしまったのは、ほんのこの1世紀の話なので、
それ以前の世界の人口をすべて累計したとしても、現在この世に今、生きている人の数よりも少ないことがわかる。
つまり、お盆に帰ってくる人々の行列の数よりも、今、この世で歩いている人の数の方が多いということなのです。
現在の世界人口、およそ67億人
12年で10億増えました。
およそ100年前は、10億増えるのに100年かかりました。
西暦1千年頃は、1億人増えるのに1000年かかっています。
http://www.k4.dion.ne.jp/~iconsoph/World%20population%20of%20changeu.html
グラフを見てもわかるように
人類の人口は増加しているのではなく、爆発ともいえるような増え方を今しているのです。
このことに気づいたのは、笑い話で済むことではなく、とても大事なことだと思うのです。
現世の人間とあの世の人間が、もしも同一のテーブルで国民投票などをする機会でもあったならば、ご先祖の意思がいかに大事であろうが、現世の人間の意志いかんで、ご先祖の意思など簡単にひっくり返すだけの力を持っているということです。
そんなことありえない話ですが、
恐ろしいことです。
と、同時に、それだけ重要な権限を持って現世の人間は今を生きているということです。
地球の未来は、今、生きている人間の意志だけでも、思い上がりは良くないと言っても、十分、それを左右するだけの力を持ってしまっているのだということを、私たちは気づかなければならないのだと思うのです。
もちろん、それだけの世界の人々の意思をまとめる技術が、今の国連やその他の機構にあるわけではありませんが、それらの技術的な壁は、乗り越えがたい未来の壁ではなくて、もう手の届くところにあります。
今、生きているものの責任という、あたりまえの現実を、これほどまでに感じさせる数字はないと思いました。
さらにつけ加えるならば、よく「高度に発達した」資本主義などと言いますが、これまでの資本主義経済の発展は、この爆発的な労働力人口の増加と購買市場の増加によって、その圧倒的部分は支えられてきたのであって、爆発的な人口増加が止まった先進国において、途上国の市場や労働力に依存することなく、自立した経済発展を遂げる「高度な」経済力は、はじめからそれほどあったわけではないと思います。
「持続的な経済発展」などよりも、まず爆発的増加をしてしまった人類の維持の問題をもっと優先させて考えなければならないのではないでしょうか。