ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール
『もうすぐ絶滅する紙の書物について』(CCCメディアハウス)
上記写真の本を載せましたが、私は紙の書物がもうすぐ絶滅するとは思っていません。大幅に市場規模が縮小することは間違いないことですが、無くなることは当分ありません。
この写真を使用したのは、ただ表紙デザインが素敵で、私のホームページのタイトル・ヘッダーで使用しているので、問題提起イメージとして使用しました。
しかし、
いまだに私たちの業界では、長引く「出版不況」により、書店数は減少し続け、書籍・雑誌の販売額も下降の一途・・・
といったように「出版不況」ということばがよく使われています。
このように、なんの悪意もなく、なんの疑問も違和感もなく使われているように見える「出版不況」という言葉ですが、わたしは明らかにこれは適切な表現ではないと思っています。
そもそも「不況」という言葉は、単に景気が悪い状態を指す表現の一種というよりは、好況・不況の景気循環の中で使われるニュアンスがあります。
さすがにこれだけ明らかな下降曲線が、1996年頃をピークにしてずっと続いている現状では、簡単に上向きに転じる時期が来るなどと思っている人は滅多にいないでしょうが、それでも「不況」という言葉で語ってしまうと、どうしても何が原因でこうなっているのか、何を解決すればこの「不況」が解決できるのか、といった具体的なことから目を背けることになってしまいます。
小さな出版不況なら乗り越えられたのでしょうか。大きな出版不況だから乗り越えられないのでしょうか。問題は、そういうことではないはずです。
特に強調したいのは、今の「出版不況」といわれる下降線の数字の圧倒的要因は、出版界固有の問題というよりも、日本経済全体の問題が大半を占めているということです。
確かに出版業界固有の流通改革の遅れ、デジタル化やネット市場の拡大、変化など、独自に解決していかなければならない問題はたくさんあります。
しかしそれにもかかわらず、数字が悪化している要因の大半は、国民の平均所得、サラリーマンの賃金が上がらず、可処分所得が下がり続けていることにあると思います。
この20年で国民の平均所得は120万円減り、サラリーマンが安定した仕事ではなくなりました。こうした基礎所得が減る最中に消費税をはじめとする公的負担も増加しているのです。
国民の可処分所得の減少は、当然出版業界ばかりにに強く反映しているわけではなく、小売業全体、飲食業、観光業、日本経済全体に及んでいます。
日本のほとんどの業界の1995年以降の数字は、この基礎の上に成り立っています。それを不用意に自分の業界特有の問題に還元してしまうことは、結果的に国民の分断をもたらし、根本課題の解決から国民意識を遠ざけることにもなっています。
こういうと、自ら努力することをせずに、問題を他人のせいにしてしまう論理にも思われがちですが、それは違います。
こうした国民共通の課題に立ち向かいながら、従来の産業構造から脱却するための業界固有の課題に取り組まなければならないからです。
国の財政構造、税のしくみ、世界の金融支配のしくみ、地方の自治能力、激変する最先端情報技術・・・等々
以上示したようなことは、国民全体のスタートラインの変更にかかわる問題で、個々の事業者の課題はこれとは別に、常に存在し続けます。
この長期的な人口縮小トレンドをみただけでも、個別業界の戦術的対応では、容易に問題解決に至らないことは明白であると思います。
渋川市
この人口縮小トレンドから見ても、従来の小売業同士の水平統合型の経営多角化は、できることはなんでもやるべきですが、抜本解決にはならないことも明らかで、垂直統合型の高付加価値戦略への転換(マネジメント中心からマーケティング重視へ)が不可欠でると言えます。
「どう売るか」よりも、あらためて「何を売るか」を真剣に考えていかなければならない時代に変わりました。
本屋の例で言えば、粗利の改善は不可欠ですが、書店の業種平均の粗利よりもマシな小売り商材を足しても、書店の粗利改善を数パーセント改善しても、決して抜本的対策にはならないことが明らかであるからです。
これは同時に、会社として「何を売るか」の問いであるとともに、個人として一人ひとりが自分の能力の「何を売るか」を考えていかなければならない必然の流れでもあります。
より大きな要因となる問題に一つひとつきちんと向き合い、幅広い人たちが分断されずにつながり協力することでこそ、個別の事業体の小さな努力も実を結ぶことができるはずです。
(このあたりの問題は、「戦略の誤りは、作戦や戦術の成果では取り戻せない」といったテーマで詳しく書く予定です)
繰り返しますが、人口爆発に支えられた戦後の右肩上がりの時代が終わり、人口減少ベースが本格化し、インフレ率や賃金アップではなく可処分所得が増やせない構造下での書店経営は、業界内努力だけでは容易に太刀打ちできない時代になっていることが間違いないのです。
その上で、書店や出版業界は、本来こうした課題の実態を知ったり、解決の手がかりを学んだりする最大の情報提供者という地位を持つものです。
切実な課題の情報提供者であることに力を入れず、ひたすら消費拡大のための市場刺激策ばかりに走ってはなりません。
このたびのコロナ禍によって、世界全体が大きく揺れて、社会構造の変化も加速していくことと思います。安易に私たちに都合の良い社会がはじまるとは期待できませんが、確実に世界の危機は、より面白い方向への変化をもたらしています。
というのは、デジタル技術をベースとしたやロボット、AIなどの発達・普及によって、これまで以上に世の中は従来型の人間労働はいらなくなってきているからです。
それは、ただ私たちの仕事がなくなってしまうということではなくて、人間がしなくてもよいこと、そもそも不要な生産活動から解放されて、人間にとってより必要なこと、大切なことができる社会が加速的に進んでいくということです。
これまでどんな業界でも、売上数字を維持するためだけや、生活を維持するためだけの生産や販売があまりにも多い時代が続きました。確かに生活のために背に腹は代えられない現実があったかもしれませんが、それではなぜこれほどまでに世界には「カネ余り」の現実が進行し続けているのでしょうか。
もう必要なものはすべて揃っている時代です。
どこも業界の内側だけみていたのでは、この可能性に満ちた世界の未来は開けません。
学び考え続けること、試し続けることが約束された環境にある今、出版業界・書店業界だろうが、百貨店・スーパー業界であろうが、観光、ホテル・旅館業であろうが、製造業、第一位産業であろうが、私たちが「変革に必要な手段はほぼすべて持ちうるこれからの時代」に、何も問題はありません。
問題は、私たちの自由な暮らしと働き方をどう自らが組み立てていくかということです。
それは、個々の事業者がメーカー化・ブランド化していく道であり、一人ひとりの人間が何を生産し、生み出せるのかを確立していく過程に他なりません。もちろんそれらが出来たからといって、支払いに苦労する日々が瞬時に消えるわけではありませんが(汗)。
明るい未来に向かって自由な想像力を思う存分に発揮していくために、本ほど手軽で安価なツールはないと思います。
すでに「お金がないから」「時間がないから」出来ないという言い訳は成り立たない時代になっています。ただみんな横並びでやれば、なんでも解決する時代が終わっただけのことです。
それが信じられないなら、ぜひ自分で問題解決のための本を探して読んでみましょう。
もう一つの「不滅の共和国」 「野生」の側にある本と本屋の本分
10年後に生き残る書店像 https://www.hosinopro.com/about1