旧海軍の遺構探索 昇仙峰 山口県周南市
山口県周南市にそびえる昇仙峰登山
山麓にかつて正仙という寺があり
この山は正仙坊山と呼ばれていたが
その後の変遷により昇仙峰と言われるようになったそうだ
昭和13年4月に徳山湾が海軍徳山要港の裁可を受け
その後終戦まで、徳山防備の要塞として徳山要港警備隊戸田照聴所が置かれていた
今でも山頂付近には探照灯台、砲台、兵舎跡など旧海軍の遺構が多く残っている
旧海軍の遺構探索 昇仙峰 山口県周南市
山口県周南市にそびえる昇仙峰登山
山麓にかつて正仙という寺があり
この山は正仙坊山と呼ばれていたが
その後の変遷により昇仙峰と言われるようになったそうだ
昭和13年4月に徳山湾が海軍徳山要港の裁可を受け
その後終戦まで、徳山防備の要塞として徳山要港警備隊戸田照聴所が置かれていた
今でも山頂付近には探照灯台、砲台、兵舎跡など旧海軍の遺構が多く残っている
戦国武将陶晴賢の居城 若山城跡登山 山口県周南市
戦国武将陶隆房(晴賢・はるたか)の居城 若山城跡登山
西国無双の侍大将と言われた陶晴賢が
毛利元就に敗れるまで居城としていた若山城跡
晴賢が二十歳の時、大内の傘下に入った毛利元就(当時44歳)の居城吉田郡山城に山陰の雄尼子氏が侵攻した
このとき晴賢は毛利氏救援の総大将として出陣
見事尼子軍を撃退し西国無双の侍大将と言われるようになった
四熊ヶ岳の不動明王と四熊ヶ岳神社、法師ヶ岳の慈愛観音へ 山口県周南市
山口県周南市の四熊ヶ岳と法師ヶ岳登山
登山口は名水金明水の水汲み場
登山道に入り一の鳥居、二の鳥居を過ごし不動明王像に出会う
三の鳥居を過ごして四熊ヶ岳神社へ参拝
神社下の展望地からは周南コンビナートの展望が広がっている
一の鳥居まで引き返し、東へ進み鋪装道を登れば法師ヶ岳へ着く
法師ヶ岳には慈愛観音像が建ち
観音像下からは周囲に素晴らしい展望が広がっていた
クマの棲息地 水ノ尾山登山 山口県岩国市
山口県岩国市の水ノ尾山登山
東の水ノ尾山、西のダツヤ山は長い間山口県のヤブ山の盟主として君臨していた
更に両山ともクマの棲息地で、この山に登るのは、山口県百名山踏破を目指す登山者か一部のヤブ山愛好家に限られていた
ところが、現在の水ノ尾山は深い笹藪がきれいに刈られ、とても歩きやすく変貌していた
笹の刈られた小五郎山が人気の山に変わったように、水ノ尾山にも多くの登山者が集まるかも知れない
展望広がる平家ヶ岳 島根県境にそびえる1000m峰
山口県岩国市と島根県吉賀町の県境にそびえる平家ヶ岳
山口県では貴重な1000m峰である
林道木谷線を通り登山口の平家屋敷跡へ着く
平家屋敷跡から1km程度作業道を進み登山道入口に着く
笹の刈られた快適な登山道を辿れば、すぐに平家ヶ岳山頂に着く
山頂からは長野山、馬糞ヶ岳、水ノ尾山、羅漢山、大将陣などの展望が素晴らしい
眼下に吉賀町の集落が見えたが、多分蔵木地区と思われる