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必ずコメントに参ります by iina

古代道

2011年02月25日 | 歴史
幼いころに歩いた道を、古里に帰って歩くとそんなに細かったかと思うことがある。自分が幼いころに比べて背が高くなっていることから細く見えるらしい。

1300年前の飛鳥・奈良時代に平城京から発した古代の道は、7本の路線があり、iinaが描いた原始風景のように幅が狭いと思われていたが、意外にも10mを超えるほど広いということが最近になって分かった。
各地に国分寺を置いたため、そこに行くために造った古代道は、総長6300kmあり、現代の高速道路が総長6500kmで、ほぼ同じ行程をたどっていることも分かった。いずれも国が考えたプロジェクトであり、古代も現代も発想は似るようだ。

この道の発見は、航空写真を撮って俯瞰して見詰め直すと線が現れる。しかも、ほぼ真っ直ぐに次の駅まで伸びている。その幅は、地方では6m~12m、都の周囲では24m~42mもある。
ただ単に真っ直ぐな道というわけではなく、整備された道を造っている。跡から判ることは、最初に枯れ葉や小枝を敷き、次に人の頭ほどの石を敷く、更に土を何層も重ねて道を造っている。それは現代の道作りの基礎に通じるという。
また、道を盛り土で造るために掘った跡を池にして、田畑の灌漑地にしたようだ。つまり、道造りだけではなく田を耕作するための池も同時に構想して律令国家を意識していたことが分かる。

この古道を古代の役人は、駅鈴えきれいを鳴らしながら進む。伝令を速やかに伝えるため、本来なら地方の神社仏閣に挨拶すべきを略す意味曖があるという。



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11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
おはようございます (ippu)
2011-02-25 07:07:15
≪古代道≫
今日の記事は“面白い”というよりは“勉強になった”という感じです。
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おはようございます (おくだっち)
2011-02-25 08:30:55
子供の頃歩いた商店街を、震災後に歩いたことがありました。
被害の大きかった所なので心配していたのですが、私の学友達が継いだお店は大丈夫で、友達の元気な笑顔も見られました。
ただ、商店街がやけに縮んだように感じ、子供の目で見てきた世界とかなり違って見えたのが印象的でした。
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昔の人はすごい (鷲谷芝嵐)
2011-02-25 11:27:52
こうしてみると、昔の人はすごいね~。
敬服します。
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街道 (ミミロル)
2011-02-25 15:23:33
私の町には紀州街道という道があります。
これは紀州の殿様のお通りになった道だとか。
昔は殿様が籠で通ったんでしょうか?
今は車がブイブイ通っていますけど。
こういう道の名前、いつまでも残っていって欲しいです。
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古代道 (らいちゃん)
2011-02-25 17:30:41
おっしゃるように1300年前に古代のハイウェイが、しかも工法がしっかりした立派な道が出来たいたようですね。
平城遷都1300年祭の期間中にNHKで古代のハイウェイ5街道について特集をしていました。
確か山陽道、山陰道、北陸道、東海道、東山道?だったと思います。
これらの道が現代にも残っているのだから、古代人のインフラ整備は素晴らしかったのですね。

イチゴは分類としては野菜ですが、果実的野菜として扱われているのではないでしょうか?
スイカは果実的野菜となっています。
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へぇ~ (ムツゴロウ)
2011-02-25 19:05:58
そんな昔から大きな道をつくっていたのですか。

よくそんなことが分かったものです。

いまの考古学はすばらしい。
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commentに 浪漫 (iina)
2011-02-26 10:04:17
(ippu) さん へ
ニュージーランドは、南半球で日本に似た気候らしいですね。あらためて、環太平洋は、
火山帯に囲まれていたことを思い知らされました。
初めて校外で昼食した日に、CTVビルを離れて崩壊を免れた日本人がいたことを今朝の
新聞が報じていましたが、運は紙一重です。
≪古代道≫は、先日のNHKで観て知りました。



(おくだっち) さん へ
激辛よりも甘辛が好いiina~。
時間差とショックの前後にも意識に変化が生じるのでしょうか。



(鷲谷芝嵐) さん へ
コレステロールよりも、ロールキャベツは滋養になるし、ロールケーキは食後にいいですね。
ロックンロールが好きなひとは、善玉か悪玉かは一概に極めつけられません。
   ・
   ・
   ・
エンドロールに、著作者iinaが登場。



(ミミロル) さん へ
大阪時代に、博物館と茶室にも寄りました。
仁徳天皇陵と履中天皇陵を家族に見せようと考えて車で行ったのに、全体が見えない
こともありiinaの企画は不評でした。でも、大仙公園を散策して初めて笑顔がこぼれて
iinaも(^^♪



(らいちゃん) へ
    東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
菅原道真が大宰府で詠みましたが、平城京から大宰府までの古代道をたどるドキュメント
をNHKで観てこの話題をブログに取り上げました。
他に八角等と仲麻呂の乱も、連続再放送れていました。



(ムツゴロウ) さん へ
いろいろな角度から考古学が進化しているようでした。
いままでの評価がくつがえるケースもあるようです。
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五畿七道 (コスモタイガー)
2013-09-19 12:50:11
コメントありがとうございます。
時刻表は、見慣れない人からすると単なる数字の羅列ですが、そこからはいろんな歴史を感じ取ることができます。
鉄道やバスが敷設されるには理由があります。
集落と集落を結び、人や物を運ぶところから始まりました。
それは「道」の歴史とかなりの部分、リンクしていることに気づき、こんなブログになった次第です。

古代の道といえば、「五畿七道」ですよね。

これも東海道や中山道に興味を持ち、自然とぶち当たりました。
中山道を走る(歩く)と、その前身であり「七道」の1つ、「東山道」との関連が深いことも感じることができました。

名古屋市内にも「古代東海道」にまつわる史跡は、多く残っているようです。
いずれは紹介したいと思います。

またぜひご訪問ください。

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(コスモタイガー)さん へ (iina)
2013-09-20 10:59:23
古道めぐりは、果てのない名所めぐりになりそうですね。

時刻表は、点と線を巡る可能性がひろがる旅めぐりが出来そうです。
さいきんは、路線図をWEB検索できて、要領よく目的地を廻れる時代です。
暇にまかせて、1駅の切符を購入して遠まわりするのも面白そうと話題になるのですが、果たせていません。

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古代道の道幅 (ウォーク更家)
2020-06-14 08:28:09
東海道や中山道の狭い道幅のイメージしかない私に、古代道の10メートルもある道幅で、しかも総長6300キロで7本もの整備された道は、想像を絶します!

しかも、航空写真を撮って俯瞰して見詰め直して発見されたというのは新鮮な驚きです。

古代道のポイントは国分寺だったんですね。
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