①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩の内 ⑨
九体寺とも呼ばれる浄瑠璃寺は、薬師如来の東方浄土・浄瑠璃世界に由来したもので九体阿弥陀仏を安置する。
小さな山門をくぐると苑池名勝・史跡をはさんで本堂国宝と三重塔国宝が向かい合う。平安時代の浄土式庭園として貴重な遺構と、寺名そのままの清浄なたたずまいで、まず東の薬師仏に苦悩の救済を願い、その前でふり返って池越しに彼岸の阿弥陀仏に来迎を願うのが礼拝の形である。
太陽の沈む西方浄土に迎えてくれる阿弥陀仏を西に向って拝めるよう東向きに配置し、その対岸から浄土の池をはさんで文字通り彼岸に来迎仏を拝む。春秋の彼岸の日には、東の薬師瑠璃光如来を顕す三重塔の真上から陽が昇り、九体の阿弥陀如来の中央の真上に陽が沈み境内全体が極楽浄土を構成している。
薬師に派遣されて出発し、この現世へ出て正しい生き方を教えてくれた釈迦仏の教えに従い、煩悩の河を越えて彼岸にある未来をめざし精進する。そうすれば、西方未来の理想郷である楽土へ迎えてくれる来迎仏の阿弥陀仏に迎えられて浄土に至ることができると教える。
阿弥陀如来像九体国宝:藤原時代は桧の寄木造りで漆箔をほどこし、一体一体の如来が堂前に板扉を持つ。九体阿弥陀仏をまつるための堂は、現存する唯一のもの。TV「歴史街道」で観た闇夜にライトアップされた九体仏が池に浮かぶ様はあたかも浄土かと思われた。
この地を当尾というのは、浄瑠璃寺、岩船寺、随願寺などの伽藍や堂塔が並び「塔婆の並ぶ尾根」というとことから、「塔尾」→「当尾」になったといわれている。
堂内にはほかに四天王立像国宝、厨子に入った秘仏・吉祥天立像重文などをまつる。吉祥天は極彩色の華麗な衣装と美女ぶりで名高い美と幸福の女神。三重塔は平安初期、京都の一条大宮から移されたもの。桧皮葺き朱塗りの愛らしい塔で初層に秘仏、薬師如来像重文が安置されている。境内は新緑、紅葉の名所。
九品往生の考えから、九つの如来が生前の信仰と善行の度合い9通りで迎えあまねくすべての人を救う。信仰度合いを上品・中品・下品、それぞれを善行度合いで上生・中生・下生と分け、この組み合わせで9通りになる。われわれが死ぬと何れかの如来が迎える。
如来の姿も最上位の上品上生は如来・菩薩・比丘が管絃つきの総出演でお迎えされるが、階位が下がるに連れ、菩薩がいなくなったり、阿弥陀如来だけになったり、ついには金の蓮華が現れるだけとさびしくなるようだ。日常語になっている上品、下品は、この九品から派生した。
①一条戻橋
②1+1
③三輪山
④四天王
⑤五 王
⑥陸 奥
⑦七支刀
⑧八 幡
九体寺とも呼ばれる浄瑠璃寺は、薬師如来の東方浄土・浄瑠璃世界に由来したもので九体阿弥陀仏を安置する。
小さな山門をくぐると苑池名勝・史跡をはさんで本堂国宝と三重塔国宝が向かい合う。平安時代の浄土式庭園として貴重な遺構と、寺名そのままの清浄なたたずまいで、まず東の薬師仏に苦悩の救済を願い、その前でふり返って池越しに彼岸の阿弥陀仏に来迎を願うのが礼拝の形である。
太陽の沈む西方浄土に迎えてくれる阿弥陀仏を西に向って拝めるよう東向きに配置し、その対岸から浄土の池をはさんで文字通り彼岸に来迎仏を拝む。春秋の彼岸の日には、東の薬師瑠璃光如来を顕す三重塔の真上から陽が昇り、九体の阿弥陀如来の中央の真上に陽が沈み境内全体が極楽浄土を構成している。
薬師に派遣されて出発し、この現世へ出て正しい生き方を教えてくれた釈迦仏の教えに従い、煩悩の河を越えて彼岸にある未来をめざし精進する。そうすれば、西方未来の理想郷である楽土へ迎えてくれる来迎仏の阿弥陀仏に迎えられて浄土に至ることができると教える。
阿弥陀如来像九体国宝:藤原時代は桧の寄木造りで漆箔をほどこし、一体一体の如来が堂前に板扉を持つ。九体阿弥陀仏をまつるための堂は、現存する唯一のもの。TV「歴史街道」で観た闇夜にライトアップされた九体仏が池に浮かぶ様はあたかも浄土かと思われた。
この地を当尾というのは、浄瑠璃寺、岩船寺、随願寺などの伽藍や堂塔が並び「塔婆の並ぶ尾根」というとことから、「塔尾」→「当尾」になったといわれている。
堂内にはほかに四天王立像国宝、厨子に入った秘仏・吉祥天立像重文などをまつる。吉祥天は極彩色の華麗な衣装と美女ぶりで名高い美と幸福の女神。三重塔は平安初期、京都の一条大宮から移されたもの。桧皮葺き朱塗りの愛らしい塔で初層に秘仏、薬師如来像重文が安置されている。境内は新緑、紅葉の名所。
九品往生の考えから、九つの如来が生前の信仰と善行の度合い9通りで迎えあまねくすべての人を救う。信仰度合いを上品・中品・下品、それぞれを善行度合いで上生・中生・下生と分け、この組み合わせで9通りになる。われわれが死ぬと何れかの如来が迎える。
如来の姿も最上位の上品上生は如来・菩薩・比丘が管絃つきの総出演でお迎えされるが、階位が下がるに連れ、菩薩がいなくなったり、阿弥陀如来だけになったり、ついには金の蓮華が現れるだけとさびしくなるようだ。日常語になっている上品、下品は、この九品から派生した。
①一条戻橋
②1+1
③三輪山
④四天王
⑤五 王
⑥陸 奥
⑦七支刀
⑧八 幡
浄瑠璃寺が九体寺とは、よく調べましたね。
阿弥陀如来様にはいずれお世話にならなければなりませんが、信仰の度合によって9通りの迎え方をされるようであれば、生前にできるだけ善行を積み重ねておかなければいけませんね。
上品上生は望みませんが、せめて中品中生くらいで迎えてもらいたいです。
同じ一里塚でも箱根旧街道の方が重みがあるような気がします。
江戸から23里と和歌山から26里の感じ方の差は何なのでしょう。
主要街道と地方の差でしょうか?
途中途中に旧跡があるのも、ひと息いれるのに嬉しい気分転換になります。
スイス人のご夫妻に菅傘に書かれた文字を解説するなんてことも、らいちゃんの違った一面を知らされた面持ちです。
数シリーズの中で、④と⑤と⑨がなかなか定まらなかってのですが、この⑨は未だしっくりおさまっていません。
ようやく、⑨に達しました。
役行者も使いたいのですが、場面に恵まれなかったです。
大分県臼杵市の鎮南山(ちんなんやま)頂上手前に「塔の尾」と呼ばれる小頂上が有ります。
登山の折に、「変った名前の山だなア~」と思ってましたが、iina様の記事で意味が大筋で理解出来ました。
>九つの如来が生前の信仰と善行の度合い9通りで迎えあまねくすべての人を救う
>日常語になっている上品、下品は、この九品から派生した。
上品、下品は 信仰度合いによって評価格付されるものとは・・・・これは意外でした。
「いまでしょ!」
さすがです。
「アベノミクス」は、一応国際的にも評価されている様ですね、それはやはり日本国民として素直に喜ぶべきことですね
後で、やっぱり「アベノミス」~か、にならなければよいですね
山上から、即 滝があるというのも、華厳の滝をエレベーターで降りて見上げたときしか経験がありません。
さらに、わかりやすく解説つきというのも、嬉しい配慮でした。
「命は惜しい、ササユリは見たい」ことから、ササユリの行方が楽しみです。この流れからいくと成功しそうですね。
ササユリの名から、佐々成政の黒百合伝説を思いました。その伝説は、 さ さ 次のような お話です。↓
http://blog.goo.ne.jp/iinna/e/e4e3d806d74f8a8597e0622a81382c3f
日本人は、ものごとを悲観的にとらせる性向があります。それゆえ、研究熱心で完璧な製品を作り上げる技術を
養い得たと思います。でも、ラテンの人ほど楽天的にとらえる必要はありませんが、もう少し大らかに構えられない
ものかと、ときに思ったりします。
鈴なりに咲いた花が素晴らしいです。
浄瑠璃寺には、大阪時代にテレビ「歴史街道」で識って出かけました。たまたま同時期に同輩が行ったらしく、
此処はつまらなかったと吹聴していたので、いかに貴重であるかを話しましたが、果たして理解してもらった
ものかどうか・・・?
幸いにも、団体相手に坊さんが寺の経緯やら浄土式庭園を説明しているのを、傍から拝聴させていただき
余計にありがたかったです。
浄瑠璃寺の九体はとても迫力ありますね。
仏像マニアの間では人気だと聞いています。
私も歴史は好きで、いつか時間ができたらカメラを持って写真紀行をしたいと思っています。
歴史街道楽しそうですね。
少しずつ拝見させてもらいますね。
太陽が東方から昇り、西方に沈みます。
人は死して西方浄土に逝き、生前の行いにより九体阿弥陀仏の何れかの仏さまに迎えられるのですから、善行を
しなくてはなりませぬ・・・。
①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩の内 ⑨ に至りました。 次は、・・・?
http://blog.goo.ne.jp/angel2018/e/bcc0856c5bcab3425f0d39eb50380b41
「日常語の上品、下品はこの九品から派生」
⇒なるほどね~、勉強になりました。
最近の立川は、八王子より近代的な大きな街に変貌しました。八王子の高校を出たiinaとしては、少し癪ですが時代の趨勢ですね。
日野自動車の日野に暮らす友と、これから江の島行きです。自慢してくるつもりです。
さいわいに、快晴にめぐまれ日本晴れです。きょうのような天気のときが富士を見るのに絶好です。
では、これから出かけます。(^.^)/~~~