朱塗に映える美しい神橋は、伝説から「山菅の蛇橋」と呼ばれた日光二荒山神社の建造物。【重文】 ―世界遺産―
東照宮 奥の石鳥居【重文】は、 藩主黒田長政公によって奉納された。
表門【重文】は、東照宮最初の門で、仁王門とも呼ばれる。
五重塔【重文】 高さ約36m
若狭の国・小浜藩主酒井忠勝公によって奉納。
内部は吹き抜けになって、真ん中に心柱(直径60cm)が4層から鎖で吊り下げられ、床下を覗くと右のように礎石の穴の上に10センチほど浮いていた。建物が地震等で揺れても外側と芯は分離構造なので、揺れ方が異なり塔全体で揺れが相殺される仕組みになっている。
東京スカイツリーもこの耐震システムを参考にして建てられたとは新聞記事で読んだが、心柱が浮いているなんて考えもしなかったので驚いた。
[ 華厳の滝にもどる ― 東照宮につづく ]
東照宮 奥の石鳥居【重文】は、 藩主黒田長政公によって奉納された。
表門【重文】は、東照宮最初の門で、仁王門とも呼ばれる。
五重塔【重文】 高さ約36m
若狭の国・小浜藩主酒井忠勝公によって奉納。
内部は吹き抜けになって、真ん中に心柱(直径60cm)が4層から鎖で吊り下げられ、床下を覗くと右のように礎石の穴の上に10センチほど浮いていた。建物が地震等で揺れても外側と芯は分離構造なので、揺れ方が異なり塔全体で揺れが相殺される仕組みになっている。
東京スカイツリーもこの耐震システムを参考にして建てられたとは新聞記事で読んだが、心柱が浮いているなんて考えもしなかったので驚いた。
[ 華厳の滝にもどる ― 東照宮につづく ]
非公開の五重塔を公開していると報じたので、見学しました。
改修工事は、もうすこしで終わるでしょうからお化粧直しした東照宮を見るには、絶好のチャンスです。
東照宮は、もう少しで改修工事が終わりそうですから、も一度行きたくなりました。
>「日光へ行きたし泊まる金は無し」
ケッコウ文化的なたのしみをおもちの焼酎学生さんのご謙遜で、そんなことはないと思いますが、行かぬなら
iinaの旅紀行でニッコウ界隈を見学ください。あるいは、見逃した所があるかもしれません。
(野の花) さん へ
恰好いい現代のカカシです。
富山には、野菜、果物、自然の草花を使った「つくりもん祭」があります。カカシもありました。
http://blog.goo.ne.jp/iinna/e/9d9e61305d78eaef3d57ee34ec47d37c
こんかいの旅は、学生時代の友が一緒でしたから、誰もが日光を訪ねているので、「百物揃千人武者行列」の翌日に
行ったため大混雑を避けて省こうなどの意見も出たのですが、見残しがケッコウありました。
思い込みはよくないですね。
「ほくそ笑む」笑いは、よからぬことを考えたとおりになったときに浮かべる笑いと思ってました。ここに「人間万事塞翁が馬」
の諺が出てくるとは、思いのほかでした。 ^^
心柱を吊るしたのは、長い年月を経ると建物の自重と木の収縮で狂いが生じ、塔の重みで塔身が縮んでも、心柱が五重塔
の屋根を突き抜けないように工夫されたそうです。
そもそも木造建築物は、釘1本使ってない柔軟構造なので、木々同士で相殺しあうと思ってました。
(延岡の山歩人K) さん へ
高い山に登って、寄り添うようについてくる海とか湖や河を横目で追えるのは眼をほぐしてくれます。
さらに、ところどころの史跡に勇気づけられ、伝説にほろりさせられるとは、巧く配置されています。
日光東照宮は、いま修復工事をしていて、肝心な陽明門がお隠れになっていました。
そのため、普段は「公開」しない五重塔の内部を公開しているのだそうです。せっかくの機会なので、後で「後悔」しないように
見てきました。
「心柱」の構造が理解でき、得難い姿を目測でき「心中」おだやかに学習できました。
自分たちで勝手に見ると 結局大切な部分を見落とすのだと iinaさんのブログが教えてくれます。
五重塔の耐震・耐風対策の仕組みは
以前学んだことありますが実物はお目にかかっていません
塔内も見学できるとは知りませんでした(残念)
昔の人はよく考えたものです。地震国日本ならではの発想なのでしょうね。
イタリアのピサの斜塔には心柱などはなく、地盤沈下で傾いています。
世界に誇ったローマ文明も建築技術においてはそれほどでもなかったのでしょうか?