伝わるところでは、江戸末期、浅草に住むある老婆が、貧しさゆえに愛猫を手放したところ、夢枕にその猫が立って、”自分の姿を人形にしたら必ずや福徳を授かる”と告げました。
そこで老婆が横向きで片手を挙げた人形を作り、浅草寺の参道で売り出してみたら大評判になったといいます。
今戸焼の招き猫いまどやき まねきねこは、オス猫とメス猫が一体になったもので、商売繁盛・招福に加えて、良縁招き猫として、今戸神社で授 . . . 本文を読む
酉の市の次は羽子板市。年末だなぁ~
「去年の羽子板市」の様子です。
去年は、HGハード芸が羽子板になってましたっけ。近頃、見かけなくなりましたぁ・・・?
「忠臣蔵~罪深いひと~」は、iinaの一年前のブログ。
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お大尽ともなれば、猪牙船で山谷堀を巡って吉原を目指す。目当ては、女郎たちの中でも、最も位の高い「おいらん」だ。 江戸吉原の傾城、遊女のことで「花魁」とも書く。 この「おいらん」は、吉原の禿たちが、自分の姉女郎のことを「おいらんの姉女郎」といったところからできた。「おいらの所の姉さん」は「おいらんとこの姉さん」となるわけで . . . 本文を読む
山谷堀は、埋め立てられ暗渠あんきょになっているものの、雨後にはご覧のような雰囲気をかもす。
江戸にたくさんあった堀を代表するもので、堀といえば山谷堀を指したほどだった。堀の両岸には多くの船宿や茶屋があった。
遊郭「新吉原」が出来たのは、明暦二年(1656)。新吉原は浅草寺裏の田圃の中に出来たので、遊客は駕籠か猪牙船ちょきぶねで通った。
浅草は湿地帯だったので、そこに川ないし堀をめぐらせると水は . . . 本文を読む
iinaがブログにアップした画像は、きょうまでに全1,033枚あります。 任意抽出した5枚がクルクル回るヨ。面白そうな画像や気になる画像をクリックすると投稿記事に直行という仕掛けなので、お試しを すすんだ先は、エディタコミュニティなので、ソコの画像をもう一回クリックすると詳しい記事に行き着きます。 5枚でなく、一挙に60枚を見たい方は、次にすすんでね。 . . . 本文を読む
ことしも年納めの観音さまに、東京歳之市羽子板商より大羽子板が贈られ、本堂に飾られています。
羽子板は、遊び具としてだけでなくお正月に飾られるようになったのは、邪気や悪いものをはね(羽根)のけ 福をもたらすという縁起物です。
かつては、「羽子木板」の「木」が略された「ハゴイタ」、「はごきいた」の「は」が取れた「コギイタ」という二つの名称が使われたらしく、室町から安土桃山時代にかけて「ハゴイタ」 . . . 本文を読む
12月にはいり、ことしも残り少なくなってきました。
みなさんは、ことし一年を短く感じましたか、それとも長く感じましたか。
物理的な'時間の流れ'は一定であるはずなのに、同じ長さの時間を、あるときは長く(遅く)、あるときは短く(速く)感じる。
「一日千秋せんしゅうの思い」という言葉がある一方で、「光陰こういん矢のごとし」という表現もある。
人生を振り返ってみると、子ども時代は毎日がとても長く、時間 . . . 本文を読む