東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

佐々木一澄さんの「郷土玩具カレンダー」

2020-10-02 14:47:51 | アート・文化

 イラストレーターの佐々木一澄さんから来年の郷土玩具カレンダーが送られてきました。

 来年の干支は丑なので表紙は伏見の俵牛と会津の赤べこ。
1月に伏見の俵牛、そして2月には拙作の丸〆猫(嘉永安政風型)を描いてくださってます。自分のつくった人形を写真に撮ったり、描いたりしていただく際、当然どんな角度から描かれていても、当方でどうこう言う筋ではありませんが、流石佐々木さん、嘉永安政風型のモデリングの特徴がいちばんあらわれていると思っている角度で描いていただいてとてもうれしいです。ありがとうございました。

新刊「てのひらのえんぎもの」(絵と文 佐々木一澄)

2019-01-07 20:45:08 | アート・文化

 昨年暮れに著者であるイラストレーターの佐々木一澄さんから郵送でいただいた新刊。

「今戸焼と古型今戸人形」というくくりで拙作の人形を描いて掲載くださっています。

 郷土玩具の手引き書とであると同時に写真ではなく作者の描画によって個々の人形玩具を味わい深く表現されています。

伝統的なものを描く場合、パースだとか陰影なんかに頼りすぎて描くと結果としてきちきちとして実物の穏やかさに及ばないなど、すごく難しいことだという気がするのですが、作者さん独特のスタイルでほのぼのとして癒される作品集でもあります。ぱーっとみた印象では昭和のまだ成長の伸びしろのある希望に満ちた時代(東京タワーや新幹線が生まれた頃)の「暮らしの手帳」の花森安治さんの描画のほのぼのとしたムードに重なるような、、また他のページで「こけし」も描かれているのですが武井武雄さんの作品の雰囲気にも通じる印象を持ちました。

 説明的なアウトラインを極力抑えると同時にぎりぎりのところで線描をのこしている一種のユーモラスな感じもあると思います。

 今更ながら画像を撮っていてはじめて気がついたのですが、裏表紙にも「招き猫のぴいぴい」を入れてくださっているんですね。ありがたや。

 本文の中で記されているのですが、郷土玩具としてちょっと前なら普通に作られて売られていたものが今案外と姿を消しているんですね。越谷の船戸の張り子など自分で作者を訪ねて買い求めたものですが、もうない。さびしいかぎりです。でもこうして描かれたものを通しての懐かしさ、郷愁に似た感覚を味わえるこの本、素敵ですね。

 なお、この出版に因んで原画の展示会が神宮前近くのギャラリーで近々にあるようです。

 詳しくはこちら→


描いてもらってうれしい!!!

2016-04-13 09:40:15 | アート・文化

 

 

イラストレーターであり、カリグラファーとして制作活動にいそしんでいらっしゃる Madame Soleil d’Orさんのサイトをお邪魔したら何と拙作の丸〆猫(嘉永安政風)をモチーフとして描いてくださった作品が紹介されていました。めちゃ嬉しいです。自分の作った猫を描いてくださったというのと同時に、江戸明治の今戸焼の招き猫の本来の表情をしっかりとらえて描いてくださっているんです。江戸明治から最後の生粋の今戸焼の土人形の作者であった尾張屋・」金沢春吉翁(明治元年~昭和19年)までの伝承の中で作られてきた猫物の人形にみられる特徴(もちろん古い今戸の中にはそれらとちょっと違った作例というのも存在するのですが)最大公約数ともいえる猫の特徴、、、、

①白目の部分は黄色か金色を置き、墨でぽちっと丸い点状に瞳を入れる。

②鼻のあたまは墨で置く。鼻孔は朱か赤で点状または斜めスラッシュ状に置く。(見る人によっては鼻血のようだという人もいた。)

③ヒゲと眉は墨またはうす墨で入れる。下から上へ跳ね上がるようにえ描くか鼻の横からやや上向きか水平に描く。

もちろんうちのブログのアイコンにしている丸〆猫(昭和戦前型・朱)のような上瞼と下瞼を描くという例外もあるのですが、これはこいうものが戦前実際に作られていたからお手本にしているので、これは例外中の例外のように思ってます。

①から③の今戸の猫の表情ですが、今戸人形の発展の歴史とリンクしているんだと思います。

 今戸人形は今戸焼本流である瓦とか火鉢、焙烙を中心とする生活雑器の製造の発展の途中からはじまったと思われ、京都の伏見人形が下りものとして江戸に流れ、それを模倣して作りはじめたことから展開していって次第に江戸っ子の消費を意識して今戸独特の特徴を持つようになったわけで、伏見人形との型の相似したものがあることは言うまでもなく、彩色についても伏見人形に似て、本家伏見の名残を残す部分があるのだと思います。伏見人形の彩色の中にも例外的なものがあるわけですが、伏見と今戸の公約数にみえるものは存在し、それこそ今戸人形が伏見人形から影響を受けて生まれ発展したという歴史と符合する遺伝子みたいなもののだと思います。

 そのひとつの例として上記の①~③の猫の特徴があるわけです。

 話は戻ってMadame Soleil d’Orの描かれたイラスト。これらは新年向けに和風なイメージで描かれたものだそうです。子供の頃身のまわりにあふれていた絵本だのお菓子の包装紙だとかおもちゃなどにも通じるノスタルジックなムードのあふれているような、、。自分の時代よりももっと遡ったうちの親の子供時代の少女雑誌とかぬりえなんかの世界のようにも、、。懐かしい、、といった感じです。

 Madame Soleil d’Orさんのサイトを拝見すると違ったスタイルのイラスト作品やカリグラフィーの作品、ご制作の様子も紹介されています。

 カリグラフィーというとドイツの亀甲文字みたいな古式な文字ですよね。古いヨーロッパの印刷物だとか木版画とかに記されているような縦長で横には張り出さないようなスタイルの文字を思い出します。ドイツのビールのラベルとかグラス敷き(製造元の宣伝)とか、昔風のお菓子のパッケージにもよく見るような、、古い居酒屋の看板とか。日本でいうと勘亭流とか寄せ文字とか相撲文字みたいなものでしょうか。

 亀甲文字で昔のおかしな話を思い出しました。大宮の氷川神社の参道沿いに山小屋風の喫茶店だったかパン屋だったかがあって、亀甲文字風に"ARUMU"って大きな看板が出ていたんです。これってアルプスのハイジのアルムの山のことなんだろうと思いました。でもそれだったら”ALM"なんです。通り過ぎるたびに面白いなと思っていたんですが、ドイツの友達が我が家に来た時に、看板を見せたら何のことだかわからない。ハイジとアルムの山のことを説明したらひどく受けて大笑いで何枚も写真を撮ってました。この人TVで「マイアミバイス」の日本語吹き替え放送を観てよろこんじゃってダビングして持って帰りました。余計な話ですみません。

作家さんに拙作の猫をモチーフにしていただくなんて身に余る光栄です。

Madame Soleil d’Orさんのサイトはこちらです。

 

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デ・クーニング展

2015-01-09 21:49:14 | アート・文化

昨年秋から東京八重洲のブリジストン美術館で開催されている特別展。
昨年中から観たいと思っていたのが、忙しくて果たせませんでした。12月、羽子板市過ぎに「国立劇場」か「デ・クーニング」かと迷った挙句、「伊賀越」は12月しか観られない。「デ・クーニング」は1月までやっている。という判断となりましたが。ぼんやりしているうちにもうすぐ終わりだと気づき、今日はとりも直さず出かけてきました。東博へは行く機会も少なくないですが、他の美術館は本当に久しぶり。ブリジストンも何年ぶりでしょうか。結果としてすばらしい。行ってよかったです。自己流の観方なんですけど、キャプションを見ないで作品を観る。気になったらキャプションを読む。という感じなので、終いまでタイトルを読まないで観た作品が多いですがやっぱりすごい。説明的な情報を取り入れず、作品の中から感じる情報は受け入れるという感じなので、わかるわからないということにはこだわらずに観たのですが、面白いこと楽しいこといろいろやっていますね。マスキングテープがそのまま貼り残してあるのも「へえー」という感じ。何より、色や形がそこにある必然性というのがあるんだなー、、。
でもこういうタッチでその必然を逃さず置くって大変なことだと思いました。1960年代の作品群ということで、そのあとの人々が珍しくもなく踏襲しているようなこともありますね。でも瞳の強さと唇の強さ。こういう絵ってまねできるものではないです。

常設展示室に「スーさま」(カイム・スーチン)の小品がひとつ展示されていてうれしかったです。今の身の上では時間は作れるのだから、もっといいものを観にでかけなければもったいないなと思いました。油絵の具から離れて久しいですが、またいじってみたくもなりました。


素晴らしい作品

2013-05-14 10:21:19 | アート・文化

Photo 最近感動した作品。

 神奈川県にお住まいの女性の作家さんによる張子による造形作品です。はじめ作者の方から張子をやっているのお聞きしていたので、日本の郷土玩具とか民芸風の傾向の作品なのだろうな、と勝手にイメージしていたところ、作品の画像を拝見して目からウロコが落ちるような感じがしました。ご本人によれば「伝統的な張子はいいと思うが、自分のイメージのもので作りたかった、、、」とのことです。

 すごい。張子という昔からの成形法を用いながら、様式的にはパターン化した伝統的なものに依存しないで淡淡とご自分の世界の表現をなさっている。画像のお風呂の作品の表情。いいですね。筆の運びが何とも言えずユーモラスで、、。お湯にのぼせているのかそれとも、、ほっぺがポーッと、、。

 もうひとつの画像の首振りロバさんという作品もお預かりしているのですが、技術面で貼り付けられないのが残念。こっちはどこかノスタルジックな世界、ちんちんピアノの音が聞こえてきそうな感じ、またすごいアイデアの作品なんです。

 私など戦前に廃れてしまった今戸焼の土人形を再現するということに執着しているばかりに、いつの間にか、形式的なことに埋もれてしまっていると思うので、こうした自由な発想からの造形に触れてみていい意味で感化を受けた、心洗われたという感じです。

 おそるべしこの張子作家さん。今後の作品もまた見せてもらえたらうれしいです。


観る・触る・感じる

2011-04-18 22:42:37 | アート・文化

P1010098 当ブログへときどきコメントをくださっているmaggさんこと漆造形作家のくぼめぐみさんの個展「手と器」が港区南麻布のギャラリー華さんで開催中です。

招待の葉書をいただいたので、今日お邪魔してきました。地下鉄日比谷線「広尾」駅3番出口から歩いて5分くらいのところです。

生まれも育ちも東京ですが、この界隈は不案内です。ちょっと敷居が高いハイソなイメージがあって、、、。でも場所はすぐみつかりました。

P1010096

かわいらしい草むらや木々の間の小路を通って入り口です。

「ギャラリー」、、、ちょっと緊張します。昔学生だった頃は銀座の画廊巡りはよくやっていたのですが、最近ずぼらになってしまって、、。それと普段着なので。扉を開けると、何の香り?漆の香りでしょうか?初対面のくぼさんが出迎えてくださいました。早速作品を拝見。

P1010094 眼で感じるやさしい形と色。なによりもそれぞれ異なるその感触。思わず掌に乗せてみたり両手でつつんでみたり、すりすり、なぜなぜ、頬ずりし比べてみたくなります。でも汚い手で触るのも悪いので我慢。眼で感じる感触とはまた違う感覚を受けられるのかもしれません。

それと器であれば、唇や舌の感触ってものも違う世界が開けてきそうです。眼をつむって手や唇や舌だけの感触はまた違う世界かも。

眼で感じる形状と色。漆でも塗り方、(のせ方?)でまったく違う質感になるんですね。漆に関してはまったくの素人なので野暮ですが、漆の下地の素材とか成形の方法とかもミーハーに質問してしまいました。

P1010095 ひとつひとつ、眼から感じる温かみや涼しさが違います。それとびっくりしたのですが、漆によるタブロー。眼が悪いので遠目で漆だとは知らなかった、、。それと遠から感じる質感と眼の前にした質感がまったく違う、、。手品のような、、。(画像を撮るのを忘れてしまった。)

冷やかしのようで、失礼してしまったけれど、久しぶりに感覚を楽しませてもらった時間でした。快い緊張感。

出かけてみてよかったです。お近くの方、お出かけの方、よかったら覗いてみてはどうですか?

P10100974月23日(土)まで、上記の「ギャラリー華」さんで開催しています。(但し水曜日はお休み)

〒106-0047

東京都港区南麻布5-1-5

TEL 03-3442-4584

URL   http://www.gallery-hana.com/


木目込人形「一寸睨んで、、、」

2010-12-23 12:14:22 | アート・文化

2007_0101_000000p1011109 今戸焼とも今戸の土人形とは関係ないのですが、ちょっとタイムリーなところで手持ちの木目込人形をご紹介します。

共箱ではないし、本体に銘が入っているわけでもないのですが、なかなかできのよい木目込です。おそらく、名川春山もしくはその系統の作ではないかと思うのですがどうでしょうか。

劇聖と呼ばれた明治の「9代目市川團十郎」の舞台姿へのオマージュではないかと思います。

実際の「睨み」は私は2回しか観ていないんです。高校生の頃、4代目市川左團次さんの襲名披露公演と現在の12代目市川團十郎さんの襲名披露公演の時です。口上のあと、片方の肩衣を外して、緋毛氈の上で「一寸睨んでご覧に入れます」とか言ってこのポーズになるのですが、記憶違いでなかったら、拳を作るもう一方の手で三方を掲げたように思うのですが、、。いろいろなやり方があるのでしょうか?

劇界で「随市川」ともいわれる市川宗家。ご本人の精進次第で華も実もある将来の團十郎になれるのに勿体ないですね。「人気は任期」「任期はいつか終わる」とかいう言葉もあるので、どうなるかは本人次第ですね。