東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

蔵王連峰と月山

2017-04-24 11:39:21 | 日々

 金曜日4月21日は亡き父の四十九日法要と納骨式とで我が家のお墓とお寺のある山形市へ出かけてきました。数日前から悪天候で新幹線が運行休止するなどのニュースで心配していましたが、当日は落ち着いた天気で目の前の蔵王連峰を見上げ、北西には月山を眺める良い天気。父も喜んだのではないかと思います。我が家は自分の生まれる前から久しく不幸を出していなかったので、自分にとっては葬儀や法事とかの段取り、マナーなどさっぱりわからず、「何がわからないかがわからない」という状況でドタバタしていましたが、とりあえず納骨まで済ますことができてほーっとしています。父も懐かしい山形でのんびりできているのではないでしょうか。

 我が家のお寺さんは市内の村木沢というところにあって、女優の渡辺えり子さんが生まれ育ったところです。お墓は村木沢より東の須川という蔵王から流れてくる川の畔で目の前に蔵王連峰を見上げるブドウ畑の中にありました。最近ブドウ畑はなくなってしまいましたが「蔵王連峰を見上げるスポット」というのは昔からかっこいいと思っていました。

納骨式のあと、参列してくださた親戚にみなさんと「なおらい」をして、その足で山形から仙台経由で帰宅しました。せっかく出かけた久しぶりの山形だったので、温泉でゆっくりしたかったですが、十五夜さんが待っているのでまたの機会にします。桜やこぶしなどまだ山形では盛りのようで満開でした。

 


狐・狐・狐

2017-04-19 17:06:53 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 先日久しぶりに素焼きした浅草被官さまの鉄砲狐を塗っています。図らずも昨夜三社様より残り品薄というお知らせをいただいたので今朝一番に自転車でお届けしてきました。

 あさ6時頃出発してゆっくりゆっくり漕いで浅草まで往復しましたが、路面の凸凹で荷造りした狐たちが傷むことないようにです。そんなわけでいつもよりも時間がかかりましたが、この季節の朝のサイクリングは気持ちいいですね。びっくりしたのですが、藤とかつつじ、さつきとかもう咲いているんですね。八重桜も盛りですが山吹も咲いていました。

 上の狐たちですが、今戸ではありません。昔の堤人形の奉納用の狐を再現しているところです。

昨年、宮城県内に鎮座される稲荷神社さまからお問い合わせがあり、現状で瀬戸物製になっている奉納用の狐を土製に戻したいので作ってもらえないかというご希望でした。被官さまの鉄砲狐の画像を御覧になってのお問い合わせだったのですが、宮城県内に鎮座されている古いお社で、過去には土製の狐があったのだそうですが、実物はないようなので、今戸風の狐をお作りしても、土地の風習とは馴染まないのではないかと思い、地域的には堤人形か花巻人形が流通していただろうと考えるのが自然なので、とりあえず堤式のモデリングと彩色で作ってみました。耳の縁や宝珠には「金」で塗っているものと「黄色または黄土」で塗っているものとがあるのでそれも両方試してみました。個人的には金色は好きではないので、黄色のほうがひなびた感じだと思っています。

 あんまり関係ないかもしれませんが、昔の堤の人形は内側にも胡粉を塗るという特徴があるのでそれを真似てみました。

 はじめて塗ったものなのでまだ不慣れな感じですね。胸の「宝珠」とか爪の点々はオリジナルにはないのですが、入れたほうが映えるかどうか試しに入れたものです。

 こうやって塗ってみて、やっぱり今戸の配色に安定感のようなものを感じますが、神社のご希望にお作りしたというまでです。今日神社へこれらをお送りして調整することなどご意見をいただいて変更もあるかもしれません。被官さまの鉄砲狐ももっとつくりますし、年末の王子装束稲荷の招き狐も頼まれているので基本狐作りでいっぱいです。


久しぶりの窯入れ

2017-04-11 21:49:52 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 先月、父とのお別れ以来の久しぶりの窯入れです。それなりに型抜き成形は進めていたのですが、家の整理が悪く、父の祭壇を玄関の上り框の横に設置したので、その場所を空けるために急きょ物を窯のスペースに押し込んでいたのでした。

 稲荷の狐のお納めやお約束してあるものも早く焼き上げて彩色しなければ、と悶々としていましたが、やっと窯のスペースを空けて窯入れしました。明日の夜には焼きあがって、次の朝には冷めて取り出せるかと思います。もうひと窯分の人形も待っているので早く次の工程に進めたいと思っています。


近頃の十五夜さん

2017-04-07 22:00:37 | おともだち

 うちへ来てからはや7年。当時病院で診てもらって、1歳くらいではないか、、と言われたので単純には8歳なんでしょうか。家の中をいろいろ探検しているので案外ものや場所を一番知っているのではないかと思います。最近、やたらさびしがって、仰向けになっていればお腹の上に、椅子に座っていれば膝に乗ってきます。電話で話してるのが嫌いで、電話を手にするとプイと行ってしまいます。パソコンを開いているとキーボードに乗ってくるのは困るのでベニヤ板で覆いをしますが、、。

 私が何をすればどうなる、という見通しを持っているので、着替えたり、靴を履いたりすると悲しそうな顔をします。隣の町内の仕事場へは連れていけないので気の毒です。以前は人の食べているものには全く興味を示さなかったのが、最近では気になって仕方ないという様子で煮魚はもちろん、野菜の和え物などもくんくん嗅いできます。父の祭壇に朝夕のご飯をおかずと一緒にお供えするのですが、魚だとうっかり食べてしまいそうなので、魚はお供えしないようにしています。味がついているものは体に悪いので心配です。


岩淵水門のライトアップ

2017-04-05 21:38:27 | ご近所

 今日買い物で夕方川向うの埼玉県川口市までチャリで出かけた帰りに気付いたのですが、岩淵水門がライトアップされているんんですね。以前は暗かったはずです。赤羽のシンボルとして知られているのはここ、岩淵水門と赤羽台の大団地(多摩ニュータウンや高島平団地が登場する以前は大きな団地として知られていました。)

 この水門大正13年の建造物で、「赤水門」として知られていると思います。画像は荒川の上流からの眺めです。画像に映っていませんが向かって左に荒川放水路が流れ、「赤水門の向こう側は左手土手を挟んで流れてきた「新河岸川」と合流してその下流が隅田川になります。

荒川の流れは昔から氾濫を繰り返したり、流れを変えたりで、「荒川」と呼ばれる水域も時代ごとに異なっていたみたいで、今でいう隅田川を千住あたりまで荒川として呼ばれていたこともあったとか、、。岩淵水門と荒川放水路の完成によって荒川の流れは今のように定着したようです。

 荒川の土手も割と桜並木などあり水門の周辺も咲いていますが夜は真っ暗。もう少し下流の足立区江北の「荒川土手」の桜はアメリカワシントン?の桜の親だったとか、、。

 


水温んで芽が吹いて、、、

2017-04-05 20:57:24 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

 一度は暖かくなったと思えばまた冷えて、昨日あたりからようやく過ごしやすくなりました。泥水に手を差し込んでも痺れません。このところお稲荷さまの狐類を中心に型抜きに明け暮れているので、土の消費のペースも高く、絶えず土が準備できているよう心掛けていますが、つい先週までは水が辛くて水簸(すいひ)の作業はできませんでした。久しぶり昨日と今日で右のバケツで撹拌した泥しょうを篩にかけ左のバケツに貯めています。前回までの沈殿した泥しょうは石膏鉢で水分を取り除いています。

 普段は泥バケツの上にカップラーメンの殻どんぶりに目を出している木々(みかん、はっさく、りんご、ぶどう、サクランボ、

ビワ、オレンジ、梨など食べた種を蒔いたもの)を載せて小さな田舎気分を味わっています。柑橘系の葉っぱは常緑なので変化は大きくありませんが、りんごやサクランボや梨などは将にこの時期芽を吹いてわくわくします。カップの中の広葉樹は秋には紅葉があり葉が落ちるなど、季節が流れています。

 普段はこんな感じです。枯草が茫々としているのも、田園気分を味わいたくてそのままにしているんですが、端からはだらしないと思われているかもしれません。

 こちらは毎年楽しみにしているフジバカマと清澄菊の芽吹きです。下のバケツにも泥が眠っています。