丸〆猫屋が描かれていることで話題となった錦絵のシリーズの他の絵について、今回は4回目です。
この絵も見れば、描かれている大方の人物の世界は想定できるのですが、ちょっと悩んでしまう点もあるのです。
まず左上の「志のだ寿司」屋さん。「志のだ」は「信田」で有名な葛の葉。「芦屋道満大内鑑」。お稲荷さんを切っているのが、葛の葉の命の恩人であり、葛の葉と契ってしまう安倍保名。笠を被っているのが葛の葉。この扮装は「乱菊の道行」のものでしょうか。子供は保名との間に生まれた子、安倍童子。子別れの場面が有名。「恋しくば たづね来てみよ 和泉なる 信田の森の恨み葛の葉」の曲書きが見せ場のひとつ。後ろの奴さんは、保名の忠僕与勘平。
右上、赤っつらのお爺さんは「三荘太夫」ですね。森鷗外の「さんせう太夫」の原点となった説教節の世界からきた話で、その浄瑠璃化は宝暦11年に遡るそうです。左で一杯やっている若者は安寿姫と対王丸の供をしていた元吉要之介か?安寿姫と対王丸は売られてしまい強欲非道な三荘太夫の屋敷で酷使し折檻する。父親の非道の報いか、その娘のおさんは鶏娘(姿は人間だが、あるとき鶏になってしまうという性)。娘の本性を人に見抜かれないために鶏千羽を庭で飼っている。そこへ元吉要之介がはぐれた安寿姫と対王丸を訪ねて現れるが、捕らわれて、明け六つに処刑されることになる。娘おさんはかねて要之介に一目ぼれしていたので、何とか命を助けたいばかりに、庭の千羽の鶏が鬨をつくらないよう次々に絞め殺すうちに、自ら鶏の本性があらわれ鬨を作ってしまうという話。行灯に「かしは シャモ なべ」とあるのは、この鶏娘からのブラックユーモアということになります。本外題「由良湊千軒長者」。
中段左は蛙の水からくりを売っている。傘を手にした公家と蛙。これはまさしく小野東風ですね。花札の図柄でもポピュラーです。浄瑠璃の外題は「小野東風青柳硯」。売っている男は大工の独鈷の駄六。この浄瑠璃、昔は歌舞伎でもかなりポピュラーな演目だったようですが、最近出たのを観たことがありません。東風と駄六が相撲をとるのが見どころらしいです。
中段右側は「あんかけとうふ」に「茶めし」とある。床几に腰掛けてお食事中のお殿様。着物の柄は福良雀のよう。ということは足利頼兼公。この姿は現在でも上演される「伽羅先代萩」の花水橋の扮装とだいたい同じ。私は観たことがないけれど、戦前、前進座で「伽羅先代萩」を上演した折、豆腐屋の場というのがあったという話を読んだことがある。現在上演される花水橋に登場する絹川谷蔵は相撲取りという設定だけれども、他の演目で同じ名前で豆腐屋だったりしたような、、?あるいは「伽羅先代萩」と同巧異曲の「伊達競阿国戯場」という歌舞伎狂言が浄瑠璃化されたともいうので、その中の場面でしょうか?
下段右は「伽羅先代萩」の床下の段。仁木弾正が売り歩いているおもちゃは「弾き鼠」とでもいうんでしょうか?この手のおもちゃで有名なのは柴又帝釈天の参道で売られている「弾き猿」今でも健在です。昔は「鼠バージョン」があったんですかね?仁木弾正と鼠の関係は今更いうまでもないですが、仁木弾正が忍術で鼠に化けて連判状を政岡から奪う、床下で警護していた荒獅子男之助が怪しい鼠を捉え、鉄扇で額をひと打ちするが、取り逃がしてしまうという筋から。この絵で「弾き鼠」を買おうとしているのが荒獅子男之助。長袴の裾をからげて物売りをしている仁木もおかしいけれど、男之助が子供のように描かれているのは、「荒事は子供の心で勤めよ」という口伝を表わしているということでしょうか?仁木の額に疵がありませんね。
下段左は桜餅屋さんでしょうか?お姫様と桜餅とかけると、やっぱり桜姫なんでしょうかね。床几に破壊坊主が座っているから、桜姫といえば清玄。「清玄桜姫」の世界っていう趣向の歌舞伎狂言はいくつかあって、中でも「桜姫東文章」という鶴屋南北作の狂言は今の玉三郎さんで何度も上演されました。但し、これは純粋な歌舞伎狂言なので、浄瑠璃ではないです。もしかしたら浄瑠璃化された院本があったんでしょうかね。ちょっとわかりません。
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