「三河では不満がたまった松平家の者共が、松平元康の母の実家の水野信元に懇願して岡崎城から今川を追い払う反乱を計画しているそうだ」
「織田信長は尾張を統一したので1万の兵は動員できるようになった、100挺の鉄砲隊も編成したという、その強さは信秀以上だという」
「信長の後ろには守護の斯波様がついている、もともと遠江の守護だった斯波様は信長に取り返すよう命じているという」
「遠江の地侍が今川様に不満を持って三河と連携して反乱を計画しているようだ、井伊谷の井伊様など何か所も同時に起こすようだ」
「浜松の飯尾様も常日頃から不満を持っていて、これもまた反乱軍に加担するという」
「春になれば織田方は三河と呼応して、今川方の大高城、沓掛城に攻めかかり勢いで岡崎、浜松まで押し寄せるらしい、浜松の飯尾様はすでに内応しているとか」
「今川様は今の状況に満足して蹴鞠ばかりして戦を忘れたので、織田の敵にもならないらしい、太原雪斎和尚が生きておられれば嘆くであろう」
「今年はお味方の北条も武田も大変な飢饉で戦どころではないらしい、援軍は望めまい」
「越後の長尾勢が織田様と同盟して北条を攻めるために大軍で厩橋(うまやばし=前橋)に入ったそうだ、
関東の侍たちは我先に長尾様のもとに味方しているので10万にもなるらしい、北条は手も足も出ないという
北条が降伏すれば今川は織田と長尾に挟み撃ちされるだろう」
「おそらく、このままにしておけば三河は織田と水野が手に入れるであろう、人質の元康様は切られるだろうが松平の血を引くものを岡崎城主にすることで決まっているということだ」
などなど、様々な噂が飛び交い、今川義元も無視できないようになってきた。
「おそらく織田方が噂を広めているのであろう、たかが織田ずれではないか、何ほどのことがあろう、
構わずとも好いが三河の者共が不安になってその気になっても面白くない、松平元康を先陣にして、儂が自ら出陣すれば
三河も遠江もたちまち静かになるわ、余勢をかってもともとわが城だった那古野城も取り返してやろう。
息子に家督を譲って退屈していたところだ、尾張は豊かだ、儂が尾張の守護になろうかの」
ついに信長の計画通り、義元は乗ってしまった、太守の余裕は見せているものの、胸の内では三河、遠江の噂には疑心暗鬼になっている
今川義元、祖先は清和源氏の八幡太郎義家だというから名門である
源氏から足利が別れ、足利から今川が出たから足利将軍家の一門だ
足利将軍に嫡子絶えれば吉良、今川が継ぐという家柄です
義元は僧となっていたが、兄で今川家当主の今川氏輝が若くて死んだため還俗(僧から普通の人に還る)して、やはり僧から還俗した兄と後継を争って勝ち
守護今川家第9代となったのである。
義元が北条、織田、武田という強国の間で五分の戦をしてきたのは今川家を支えた大軍師太原雪斎の存在が大きい
義元は駿府を京風の雅やかな町に作り上げた、商業も発展させたので豊かな財政基盤であった
さらに甲斐の武田、小田原の北条と三国同盟を締結したので互いに背後の強国を気にせず目の前の敵に集中できた
義元は京から公家を招き入れ、より京風の町づくりに励んだ、跡取りの氏真などはもはや公家と言って良かった
武を好まず、蹴鞠に連歌、和歌、能や雅楽を楽しむ教養文化人であった
義元は半分公家風だが半分は戦国大名の強さがあった
だから歯には、お歯黒を塗って出陣するという面もある、今までは織田との戦には家臣を派遣し、いよいよの大戦には太原雪斎を派遣して勝利してきた
雪斎が4年前に亡くなったので、大戦があれば自分が出るという戦国武将の血をも持っている。
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